第64話


「戦車が足りないんだ。ロシアからT-90を輸入したんだが、安価でシンプル、信頼性も必要十分。日本製は逆に高価で繊細にして精密、数が揃えられない。兵器としてはロシア製の方が理にかなっているな」


 角畑は一応訊いてみる。


「ゲームの世界っぽいが、遊びで……、趣味で続けているんだよな?」


「失ってみて、今更ながら分かった事だが、日本は正に東洋の真珠だった。平和ですばらしい国だった……」


「ビハイヴ内の世界と現実の世界を混同するなよ。仮想の世界が戦時中でも現実の日本は……ほら、いたって平常運転じゃないか。しっかりしろよ、堀田!」


 堀田は隣に座っている角畑とは違う人と話しているように会話が噛み合わない。視点も定まらず、そわそわして丸椅子がガタガタと揺れる。


「首都の神戸を狙って、旧体制派の軍隊が京都まで奇襲してきやがった。俺達の故郷が戦火にさらされて、黙っていられるか? 京都の街は応仁の乱以降、戦乱で燃えた事がなかったそうじゃないか。俺の怒りは、このままじゃ収まらないんだ」


「もういい、堀田!」


「お前、戦車のキャタピラに踏み潰される人間の音を聞いた事があるか? うん、そうだな、『グシャッ』じゃあないぜ『パキッ』って妙な音がするんだ」


「おい、堀田! お前はちょっと疲れていると思うぜ。少し休んだ方がいい。当分の間ビハイヴにダイブするのは控えろ。森井にも俺から伝えておくから……」


 店内が凍り付いた。男二人が大声で戦争だのダイブだの常軌を逸した単語を連発して喧嘩腰になっている。

 OLと思しきテーブル側女性二人組の客は、あからさまにイヤな顔をして会話に終止符を打ち、声のトーンを落として悪態をついているのが分かる。彼女らはダークカラーの上着をハンガーから二着かっさらい、無言で勘定を済ませると、そそくさと店を出て行った。


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