小林 香

第40話


  第六章 小林香


「ええっ? 何で? どうなっているんだ。また泣いて帰ってきたぞ!」


 堀田は、ヘッドベースを覗きこんで言った。


「私がサポートに伺った時は、まだ楽しそうにしていらっしゃいましたが……」


 森井も首を傾げる。こんな事はあまりないらしい。

 角畑は初回より、だいぶましとはいえ、目を閉じたままシートで涙を流している。男泣きと言われるものか。


「もういい、もう沢山だ。お腹一杯で苦しくなってきた。仮想現実VRだか何だか知らんが、すごさは十分に分かったよ」


 ふらふらとヘッドベースから立ち上がろうとすると、堀田が怪訝そうに声を掛けた。


「まだそんなに時間は経っていないぜ。ちなみにビハイヴ内と現実世界とでは、時間の進み方が違うんだ。一日いたつもりでも、僅か数時間だったり、逆に一時間ぐらいしかダイブしていないはずが、丸一日経過していた事もある」


「何だそりゃ、どういう事だ?」


 角畑は、かなり落ち着きを取り戻してきた様子。続けるように森井が言う。


「脳の受け止め方の違い、情報処理の速度が関係しているのかもしれません。楽しい時間は、あっという間に過ぎ去り、苦しい時間は、実際より無限に長く感じるのに似ています。今のところコントロールできない、調整不能領域なのです」


「そうか、そうなのか……」


 角畑は溜息をつく。堀田はだんだん意地になってきたのか、森井と相談して、もう一度だけダイブするよう勧めてくる。


「本当に、これを最後にしよう、角畑。これ以上無理強いはしない、騙されたと思ってもう一度だけ行ってみなよ。次は俺も知っている小林香ちゃんに会えるぜ」


 小林香は、他校の生徒からも知られているほどの見目麗しい女学生だったのだ。


「生きている本物の彼女は、今どこでどうしているんだろうな?」


「さあ……、同窓会でも開いてみない事には分からん」

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