第38話
気まずい空気が流れた。ここは美術準備室であるがゆえにテレピン油の匂いがする。
「……いいよ」
予想外の答えが返ってきた。いっその事、平手打ちにでもしてくれた方が、助かったのに。いわゆる逆効果だったのか……。
藤井さんは覚悟を決めたのか、ゆっくりと体操服の下に両手を入れて、ブルマのウエスト部分に親指を引っ掛けると、やや前屈み気味に足元へとずらしていった。
「お……!」
シューズも脱いで、ブルマを両足から抜いた彼女は猫背になったが、やがてそれを持ったまま両手を後ろに組んで姿勢を正した。
ずっと好きだった人は、どうしようもなく美しい姿だった。その純白が目に沁みるようなフリル付きのショーツは、現役時代では絶対に拝む事が不可能だった神秘的な存在。もはや単なる縫製下着の枠をはるかに超越して、神々しくさえ思えたのだ。
角畑は、それ以上の鑑賞を止めにして、藤井さんをねぎらうように、そっと両腕で抱き締めたのだった。
――本当のホントに彼女は仮想空間の人間で、今ここにいないのか? 五感を伴っても信じられないというならば、一体何をもって存在を認識できるというのだ。
心臓の拍動が伝え伝わり、お互いの温もりが直に感じられる。角畑は今、好きだった人と夢のような瞬間を過ごしているのだ。
「藤井さん……」
「はい」
彼女の腕は絡み付き、角畑を離さない。思わず艶のあるピンクの唇に目を奪われる。
右手の五本の指先は、彼女の背中の柔らかな素肌に食い込んでいた。
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