第36話

 メットも被らずにダートトラックを駆け抜ける小泉は、明らかに角畑を狙って突進してくる。……マジで轢き殺すつもりなのか? 小泉の原付体当たり攻撃を余裕で見切ると、角畑は英語でフィニッシュと記入されたゴールテープを原付の前でピンと張った。


「うげえ!」


 一瞬にして小泉の首元にテープが絡み付き、彼は原付から落馬したのだ。

 後はご想像の通り、全学年を巻き込んでのパニック状態となった。

 小泉は相撲部の部長に取り押さえられ、張り手を目一杯食らわされた後、先生方に囲まれながら職員室まで連行されてゆく。勢い余った原付は、壁に衝突したショックでフォークが歪んでいるようだ。


 角畑は額の汗を拭って、やっと落ち着きを取り戻した。

 ――松浦め、もう原付には当分乗れないぞ。よく見ると阿部も松浦も先生方に捕まっている。いくら何でも今回は、やり過ぎだ。

 どさくさに紛れて逃げようとした時、体育委員である藤井さんに袖を引っ張られた。


「待ってよ、またどっかに行くの?」


「いや、さっきのバトルで美術室のガラスを割った事を思い出して……」


「私も一緒に行ったげるわ」


 頼んでもないのに、藤井さんが付いてきた。阿部に羽交い締めにされた恐怖を、もう忘れたのだろうか。

 

 校舎裏の通路まで来ると体育祭の喧騒が嘘みたいで、人っ子一人いない。当り前か……、しばらく二人で歩き、美術室の様子を伺うと鍵が開いていた。

 中を覗いても誰もいない。そのまま奥の準備室まで行くと石膏像にギョッとする。床の砕けたガラス片と共に目的の警棒を見つけた。


「あいつら、こんな物まで持っていたとはね」


 角畑は伸縮式警棒を両手で縮めると、藤井さんに渡して見せた。


「角畑君、怪我してないの? さっきは助けてくれて、本当にありがとう」


「いや大丈夫だよ……」


 藤井さんは、目をうるうるとさせながら角畑の瞳を上目づかいで覗きこんだ。


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