第35話

 藤井さんは意外にも、まんざらでもなさそう。腕を角畑の首に回して、うっとりとしている。

 さばさばした性格で男に媚びないという噂の藤井さんが、落ちこぼれの角畑にくっ付いている図は皆にどう映ったのだろうか。

 何だか二人を中心に、人だかりができてきた。懐かしい担任の先生も登場し、説教を始める。


 しかしまだ、事態は収まってはいなかったのだ。窃盗原付に乗った小泉が、けたたましい音と共にグラウンドまで飛び出してきた。マフラーを交換していたので、すさまじい爆音を響かせ、応援の太鼓や歓声を静めるほどだ。


 小泉は後輪ブレーキを掛けて原付をスピンターンさせ、左足を地面に踏みしめると、角畑の姿を肉食獣の眼差しで探した。もはや漫画のような展開だ。

 この体育祭での出来事は、学校の伝説として残るかも。義務教育とはいえ、あいつらまともに卒業できるのだろうか。


 目立つ角畑は、小泉に発見されてしまった。アクセルを全開にした原付のタイヤは、砂と煙を盛大に巻き上げる。生徒達から悲鳴と怒号が上がった。瞬間に判断を迫られた角畑は、藤井さんを置いてグラウンドのトラックに侵入するのだった。


 今現在、陸上部の実力者が全力で走っている最中だ。邪魔をするのは申し訳なく思ったが、角畑は急加速をかけて原付の追手から逃げた。そのスピードたるや、完全に超人級で、脚の回転が全く見えないほどだった。

 あっと言う間に陸上部の数人を牛蒡抜きにして、置いてけぼりを食らわせた後は、角畑の周囲から怒濤の歓声が沸き起こっているのを背中で感じた。……原付より速いのではないか?


 ゴールまで先回りすると、たまたま座していた相撲部の中利の胴回りにゴールテープを倍速で固く結んだ。そして距離をとって小泉の原付が追って来るのを待ち構えた。


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