第21話
「ねえ、カクちゃん……。もう行こうよ」
つまらなそうな久美子ちゃんに腕を引っ張られた。女の子には全く面白味のない世界らしい。名残惜しそうに店内のプラモデルを物色したが、強引に外に連れ出された。
店を出ると鴨川沿いにある公園へと向かった。その時、赤ら顔で白髪頭の人懐っこいおじさんが自転車に乗って近付いてきた。手には金属製のバケツを持っている。
近所に住んでいた子供好きの山田のおっちゃんだった。
「おっちゃん! あんた確か、何十年も前に亡く……」
山田のおっちゃんは、得意そうに角畑の前にバケツを置くと、中を見せてくれた。手の平サイズのザリガニが威嚇して、小豆色のハサミを両方振り上げる。久美子ちゃんは、悲鳴をあげて口を押さえた。
「山の畑に行った時、捕まえてきたねん。腹の方を見てみ、子持ちやで~」
いつも立ち飲み屋で飲んでいる山田のおっちゃんは、ますます顔を赤くしてザリガニの背を掴むと腹の卵を見せてくれた。
「メスなんだ」
「そうやで、バケツごとあんたにやるわ。喜ぶと思うてな……。かわいがってやりや~」
そう言い残すと山田のおっちゃんは、フラフラしながらも颯爽と自転車で立ち去った。
「ありがとう、て言うの忘れてたな」
角畑がそう言うと、久美子ちゃんは屈んだままバケツの中を見つめていた。
「ザリガニのお母さんなんだね」
「ああ……」
「どうするの? お母さんザリガニ」
角畑は困った。もうこの年で生き物を飼う趣味はない。……いやビハイヴ内だったよな。
「川へ逃がしに行くか」
「そっか、川まで逃がしに行くんだね。それがいいよ」
心なしか久美子ちゃんが、ホッとしたような笑顔を見せた。
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