井出 久美子

第15話

  第四章 井出久美子



「………………」


「……英次! いつまで昼寝してるんや、早よ起きぃ!」


 聞き覚えのある甲高い声だ。


「早よ起きな、間に合わんようになるで! 今日は久美子ちゃんの引っ越しの日やで!」


 角畑は両目を開けて周囲を見回した。

 ――堀田も森井もいない。

 夜のはずだったのに、いつの間にか昼になっている。

 それどころか、見た事もない場所に寝ている。いや、落ち着くと程なく分かった。

 ここは、よく知っている部屋だ。


 京都市内にある角畑の実家の二階だった。


 両手を見つめると、自分の物とは思えないほどの綺麗な指で、爪の間には黒いオイル染みなど、どこにも見当たらなかった。


「早うしいや! まったくもう、最後の日だってのに……。待たせたら、あかんで」


 階下から声の主が現れた。

 それは角畑の母親だったが……、若い! 若すぎる! 

 角畑の実年齢と同程度かもしれない。

 まだ中年太りする前で、アルバムの写真から飛び出してきたみたいだ。


「……ちょっと顔を洗ってくる」


 角畑は、母親に話を合わせて階下の洗面所に行ってみる。

 何という事だろう! 鏡に映った自分の顔は、八歳位の子供だった。キツネにつままれたよう、という表現があるが、自分の頬を強くつまんでみる。痛みに意識がはっきりしてきた。

 ――どうも夢じゃないみたいだ。て言うかリアル過ぎるだろ。

 ひょっとして、これがビハイヴの世界なのか?


 居間に置いてあるTVからは、とっくの昔に放送終了した番組が流れている。ボロいリモコンでチャンネルを変えると、昔好きだったアニメが、死ぬほど懐かしいCMの後に始まった。

 ――いや、こんな事している場合じゃない。

 ふらふらと勝手知ったる玄関まで行ってみる。



 


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