第10話


「今、堀田さんはダイブ中で、もうすぐ戻ってくると思われます」


 よく見ると彼の眼球は、レム睡眠時のように小刻みに揺れている。覚醒はしているのだろうか。


「ダイビング中? ビハイヴの世界で無邪気に遊んでいるという事なのか?」


 異様な光景を目の当たりにして、さすがに不安に駆られた。

 森井は機敏に察して簡単なパンフレットを角畑に手渡すと、にっこり微笑を浮かべた。


「当社が誇るビハイヴとは正に夢の世界です。リアル世界には実現不可能な究極の理想的空間を提供いたします」


 噂には聞いていたが、仮想現実の世界で遊ぶなぞ、まるで流行りの映画のような話だ。


「理想の世界とは……天国や楽園みたいなもの?」


「そうですね……そこは正に、あなただけの自由な世界。どんな願いや望みでも叶える事ができます」


 角畑は不覚にも心臓が、ばくばくしてくるのを感じた。


「VR……バーチャル・リアリティの世界で、神になれるというのか?」


「そう理解してもらえれば、分かりやすいですかね」


「……何でもできるのか?」


「人工的なパラレルワールド、つまりは仮想現実の世界だけに、何をしようが警察に逮捕されたり、法律で罰せられる事はありませんよ。もちろん現実世界に準拠しているので、一定の法則があり、例えば生身で自由に空を飛んだりする事はできませんが」


 角畑は具体的に何ができるのか、よく考えてみた。

 気分の高揚が、とどまるところを知らない。

 その時、背後から誰かの冷たい腕が伸びてきて、角畑の肩をつかんだ。思わず悲鳴を上げ、ヘッドベースから飛び退き、無様に壁へ寄りかかってしまう。

 ビハイヴから現実世界へと帰還した堀田だった。


「すまん、すまん。待たせちまったな、カクさん」


 堀田は、そう言いながら両眼からコンタクトレンズを外した。


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