第5話
「それで、もう仮想現実には慣れてきたのかよ。ビハイヴとやらに?」
角畑の問いかけに堀田は、待っていましたとばかり自慢めいた話を展開し始めた。
「まだ参加して一週間目だ。毎日仕事がはけたら、真っすぐビハイヴにダイブして寝る間を惜しんで楽しんでいるよ。現実世界に戻ってくるのが、億劫なほどだ」
「ダイブ? 一体どんな夢を見させてもらってんだよ」
少し興味があるので訊いてみた。
「一国一城の主となるべく奮闘中だ……。詳しくは秘密。そうそう俺、今住んでいる職員宿舎を引き払って、ビハイヴ用にあてがわれている個人住居ブロックに引っ越す予定。そこから職場に通勤するつもり」
もう色々と着実に話が進んで、後戻りできない段階に来ているようだ。今日、角畑に話した時点で決着はついている。今から大反対しても堀田の決心は、ぐらつかないように思えた。
角畑は続けて訊いてみる。
「今日休みだし、この後ビハイヴへダイブしに行くのか。土曜日だから何時間と遊び呆けても大丈夫なんだろ?」
堀田は嬉しそうだ。仮想現実世界の素晴らしさを何とか角畑にも伝えたいと躍起になっているようにも見える。
「カクさんも見学に来てみなよ。ビハイヴを運営するシンニフォン社はすぐ近くにあるぜ。なんなら、お試しで実体験してみるのはどうだ?」
角畑は、この手の誘いが嫌いであった。あらゆる勧誘を断る主義で、胡散臭いモノに手を出すのは、もっての外だ。新興宗教に入信したかのような堀田に、冷めた態度で接しているのも事実……。
もう現時点で彼に何を言っても馬の耳に念仏、馬耳東風だろう。彼は一度こうと決めたら、一直線に自分の信ずる道を突き進む頑固者なのだ。
――しばらくは、様子見を決め込むのが一番だろう。
「俺は遠慮しておくよ。それより新しい門出に乾杯」
二人は空になったグラスを打ち鳴らした。ガラス製の音叉は、乾いた音を店内に響かせる。
今夜は角畑のおごりだ。革の財布から黒ずみの付いた札をつまみ出す。
彼の爪の間は、風呂に入っても落とせない真っ黒なオイル汚れが染み付いていた。
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