第3話

 角畑が神妙な面持ちで会話を切り出した。


「さて、本題だ。その『ビハイヴ』とやらに何でそんな大金をつぎ込んだんだ……、お前らしくないぞ。将来どうするつもりだ。もう、ご両親もこの世にはいない訳だし……」


 堀田は、しばらくグラスを回して当然飛び出してくるであろう質問の答えを、頭の中で組み立てている最中。

 親友は、このたびの決断を決して他人事として扱わず、本当に兄弟のように心配してくれている。

 昔の自分なら、ありがた迷惑に感じられたかもしれないが、彼の存在は現在何よりも心強い。他界した親代わりに貴重な意見をもたらすのだ。 


「何も結婚だけが人生じゃないさ」


 堀田が重い口を開いた。


「何っ! そんな結論を出すには早すぎるだろ。まだ間に合う! いや、結婚の話じゃなくて金の方だ。今すぐ解約すれば、手付金の大部分は戻ってくるんじゃないのか?」


 角畑が身を乗り出すと、堀田は笑ってワインを注いだ。


「いや、俺は冷静だ。無駄遣いは決してしない主義なのは知っているだろ? ヤケになったり、おかしくなった訳じゃない」


「マジかよ……! 一体何なんだ、ビハイヴってのは?!」


 角畑は、焼鳥屋のくすんだ天井を仰ぎ、ワインを行儀悪く口に含んだ。


「まあ、早期に老人ホームに入所するようなもんか……、それも格別で、とびっきりの」


「お前、俺と同じで三十代だろ。老人って何を考えているんだ」


「あくまで、たとえの話だよ。分かりやすく説明するためにな……。仕事の時間以外は、ずっとビハイヴに入り浸る予定だ。もちろん食事も出るぜ」


「ずっとネットカフェに寝泊まりするような生活なのか? 不健全だな」


「所帯を持つ事が健全とする価値観ならば、俺のやろうとしている事はメチャクチャだ。死んだ両親も反対していたと思う。だが、残りの人生を充実した楽しいものとするために、俺は大枚をはたいて飛び込む事に決めたんだ」


 堀田は酔っ払って大言壮語を吐いているのではないと、目を見れば分かった。そして堀田をそこまで魅了するビハイヴの実体が、角畑には気味悪く感じられた。

 


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