高校時代



「おいおい、5年連続同じクラスかよ〜」

高校2年の春、クラス替え発表当日。学校の廊下はいつもよりザワザワしている。洋平はニヤニヤしながら祥吾と梨花の元に歩み寄る。

彼らは江津第一中学校を卒業したのち、島根県立高校に進学した。

県内ではバスケの名門校として知られており、祥吾と洋平は今年の春の県大会からレギュラー大本命だ。2人とも中学の時と体格がすっかり変わり、逞しくなってきた。


「嬉しいくせに〜!でも今年からは宿題みせてあげないからねっ」

梨花も中学から陸上を続けており、短距離の県代表になっていた。


「いやそれは勘弁、な、祥吾」


「あ、あぁ。なんだかんだでみせてくれるのが梨花っしょ?」

祥吾はこの日、複雑な気持ちでいた。父親が東京への転勤が決まった事を知らされたからだ。父の職場は発令されてから1週間ほどで転居しなければいけない。学校がある祥吾のために、夏までは単身赴任をするという。

『祥吾の将来の事を考えると、今のうちに東京で生活しておいた方がいい。』という意見は父母共に合致していた。

正直、島根に残って梨花と洋平とずっと一緒にバカやってたかった。しかし、両親の言う事も充分理解できる…そんな複雑な心境だった。



この日、部活が終わった帰り道で親の転勤の件を洋平に伝えた。

「…そうか……で、いつ行っちまうの?」

いつもはハイテンションな洋平が言葉に詰まる。


「夏頃。詳しい日にちはまだ決まってない。」


「まじかよ。インターハイも出れないのか。」


「そうだな、県の予選大会でれるか出れないかぐらい。」


「祥吾がいない高校生活、全然イメージできないわ」


「おれも。あと、この話梨花に内緒にしといてくれない?俺から言うわ」


「了解。」

それから家に着くまでの10分間、祥吾と洋平は無言の時間を過ごした。




それからあっという間に時が過ぎ、高校2年の6月を迎えようとしていた。2人は夏の県大会予選を前に最後の追い込みをしていた。最近はバスケ漬けで2人が落ち着いて話せる時間は帰り道だけだった。

ちなみに祥吾はまだ梨花に東京に行く事を伝えていない。と、いうか当日まで伝えないつもりだった。東京に行くまで残りわずか、ギリギリまでいつも通りの梨花と接したかったからだ。



帰り道、練習に疲れた2人は久しぶりに江津川の土手に寝転んでいた。


「そういやさ、おれ、気づいてるよ。」

唐突に祥吾が洋平に言った。


「なにに?」


「お前、梨花の事好きっしょ?」


洋平は会話も面白いし背が高くて運動もできる。もちろん女子からモテてるが、色恋沙汰を聞いた事がない一方で、梨花に対しての見る目が中学から高校に上がるにつれて変わった気がする。


「えーー、気づいてたのかよーー!!内緒な、内緒!」


洋平は少し恥ずかしそうな顔をしてからまたおちゃらけて祥吾に言った。


「いや、バレバレだから笑多分梨花も気づいてるよ?」

そう、多分洋平は高1の冬あたりから好きなんだろうな、と思っていたけど確信がなかった。だから今日思い切ってカマをかけた。やっぱりそうだったんだ。



「いや、それはない。絶対に大丈夫。自信ある。ていうかそんなこと言ったらお前もそうじゃんか!」

洋平は変な自信を持っているが確かに梨花はそこら辺が疎い。



「いや、俺は違うよ、東京行くし。」


「今東京関係ねーじゃん!仮にずっと島根だったら?どうしてた?」


「それは……仮なんてないからな」


「いやいや、もしだよもし、もしずっと島根だったら絶対付き合ってたろ?」


「いや、あいつと付き合うわけねえだろ」


「あー嘘だね、嘘ついてる顔してるね祥吾君」


「いや、話ずれてる。洋平、どうすんの?」


「どうするったってー、どうにも。今は部活しか考えられねえからなぁ。」


「まあたしかにな。俺、梨花には幸せになってほしい。」


「ほーら、もう好きって言うちゃってますよ祥吾君。」

馬鹿にした顔で洋平が言う。


「だから違うって!」


「はいはい。そいや梨花に東京行くこと伝えたの?」


「いや、まだ。というか、当日まで言わない。」


「そ。でもなんかお前の気持ちわかるかも。」




祥吾は梨花の事が好きだ。

梨花も祥吾の事が好きだ。

お互いわかってるなら言う必要ない。と、思っていた。


インターハイ予選の県大会開幕の前日に梨花からメールが来た。

『話があるの。今日海浜公園で会えない?』

梨花がこんな切り出し方をする事は今までなかった。なぜなら、梨花は小1の時から言いにくい事(そういやお母さんがいない事も初対面で言ってきたな。)もなんでも隠さずに伝えるからだ。

きっと今まで言わなかった、言えなかった、言いづらい、俺と梨花の関係についてじゃないか、と祥吾は思った。そしてその時はなぜか今日は梨花と会ってはいけないと思った。

今、大人になって、この時を思い出してみてもなんで梨花に会わなかったのかわからない。



あのメールが来た2週間後、祥吾は東京へ行った。

結局、メールの返事はしないまま。当日、転校の事を知った梨花は当然悲しんでた、だろう。なぜか、この時の記憶は全然残っていない。好きな人を悲しませたからだろう。祥吾はこの時の記憶を消そうとしていた。



あの時なんでメールの返信をしなかったんだろう。そもそもなんの話だったんだろう。あの時俺が梨花と会っていたら将来は変わっていたのかな。

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