小学時代



今から大体20年前、梨花と出会った。初めて彼女のことを『小野 梨花』と認識したのは小学1年生の入学式だった。

祥吾と梨花は島根県江津市にある小学校に通っていた。1学年40人程度で少人数だったが、グラウンドは広く全員がのびのびと過ごせるような学校だった。

満開の桜の花は晴れやかな人々が歩く道を囲う。

入学式、祥吾は両親と一緒に校門をくぐって広いグラウンドの脇を通り、校舎へと入る。

式が行われる講堂の前で両親と別れ、少し緊張気味に教室へ入った祥吾に対して、初めて声をかけたのは梨花だった。

梨花と祥吾は席が前後だった。小野梨花と木下祥吾。

「小野梨花です。よろしくね。私ね、お母さんがいないから今日お父さんと来たの。あなたの名前は?」

梨花は先に席についていて、祥吾が後から座るとすぐに、上体をひねらせてそう言ったのは20年経った今でも覚えている。祥吾はこの人変わっているな、と思ったと同時に梨花のキラキラとした笑顔と瞳に一瞬で見惚れた。幼稚園の時にはなかった、はじめての感情だった。

その日、祥吾と梨花はすぐに打ち解け、

梨花は親がリコンというものでお母さんがいないという事、家が祥吾の家から徒歩5分の先である事、リカちゃん人形よりも戦隊シリーズ派である事。祥吾は友達ができるか不安である事、幼稚園の時は女の子からちょっぴりいじめられてた事、

外に出るよりも家でゲームしながらゴロ寝するのが好きである事、などを話し合った。

入学式後、担任の先生の話が終わり校門へいくと、祥吾の両親は背の高い優しそうな男と一緒にいた。不思議なことに、祥吾と梨花の親同士も仲良くなっていたのだった。

2人はそれから、小学校6年間を一緒に過ごした。

1学年が40人の学校なのでクラス替えもなく、出席番号もずっと前後、体育や音楽など何かとペアになる事が多かった。

授業が終わり、クラスメイトと一緒に放課後を過ごし、梨花が帰る家は祥吾の家だった。




「もう梨花俺んちに来ないでよ!翔太の家に行けよ!」

小学4年。いつまでも続きそうな雨と蒸し暑さで気分が乗らない梅雨の時期、初めて梨花とケンカした。と、いうか一方的に祥吾が梨花を避けた。

40人のクラスの中で梨花は圧倒的に他の女子よりもかわいくて運動もできて、男子の注目の的だった。一方祥吾の存在はパッとしない。そんな中、クラス1番の人気者の翔太が梨花のことを好きだという事がわかった。

クラス中の噂になっているにもかかわらず、変わらずに接してくる梨花に祥吾は何故か避けてしまった。


「そっか、わかったごめんね。もうやめるね。」

梨花はそう言ってから、祥吾の家を後にした。その次の日から学校での祥吾との会話は極端に少なくなった。




「そこ、ドシじゃなくてシド。」

「あ、ありがとう。」

リコーダーの授業。『ふじの山』の練習中での梨花の指摘。いつもより冷たい。


「梨花、国語の宿題、どこまでだっけ」

「私の見ていいよ」

「あ、ありがとう。」

祥吾は会話を膨らませようとしてもうまくいかない。今までのように、いつものように梨花と話をしたいのに。



こんな状態が1ヶ月続き、ついに夏休みに入ってしまった。学校に行かなければ梨花に会う事もできなくなる。


まだまだ夏の暑さが続いている8月中旬、台風が日本を通り過ぎたお盆休み。両親は祥吾が夏休みなのに全然元気がない事の原因は気づいてたので沖縄に旅行に連れていった。傷心中の祥吾も沖縄の綺麗な海を見るとすぐに元気を取り戻した。


「祥吾、最近梨花ちゃん家に来ないけど、ケンカでもしたのか。」

真っ青な海と真っ白な砂浜とお父さんの直球な質問を前に、祥吾は顔を再び曇らせて首を縦に振ることしかできなかった。

「沖縄のお土産梨花ちゃんに買っていきなさいよ」

お母さんのアドバイスに従い、必死で梨花の好きな物をイメージした。悩んだ挙句、沖縄のキーホルダーを渡す事にした。お揃いの。


「よっ。これ。沖縄行ったから。」

島根に帰るとすぐに梨花の家に行ってお土産を渡した。すると、梨花からは意外な反応が返ってきた。

『お土産もらった事なかったからうれしい。』と。

とても、喜んでくれた。そして自分とお揃いである事を伝えると、更に喜んで『一生大切にするね。』と。

大袈裟だな、と思った以上に久しぶりに梨花の喜んでいる顔を見て本当に嬉しかったし、お母さんは神様だとも思った。そして、祥吾は梨花に言ったひどい言葉を謝った。

すると、梨花は少し目を潤ませながら

「ううん、ありがとう。こちらこそ今までごめんね。」

と、言った。その後すぐに

「あと、日焼けした顔、ちょっと変だね。」

と続け様に言い、2人して笑った。



こうして2人の仲は戻り、時は過ぎて小学校を卒業し、一緒の中学へ通った。祥吾は『日焼けした顔が変』と言われたからバスケ部に入った事は今でも内緒にしている。

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