第9話 一人じゃない

♦破砕音の響き塵灰の舞うオオサカ港。やがて風が吹き戦いの結果を晒す。

 火夏星へ抜き手を突きこむような体勢で止まっているミホシと腕を振り下ろし肩で息をするような動作を続けている火夏星がそこにはいた。


 破砕されていたのはミホシの腕だった。抜き手に使用した左腕の肘から先の骨が折られ力なく垂れている。暫しの沈黙の後ミホシは腕を抑え叫ぶ。

 その様子を火夏星は存在し得ない瞳で睨み付ける。


 「やって……くれるじゃない……今のは流石にビックリしたわよ。はしたない声を上げてしまったわ。責任取ってもらうから」


 「ぁ……ああぁ……」


 間一髪だった。火夏星は此度の顕現の中でも最大の危機に限界以上の反応を見せ神速で迫りくるミホシの抜き手を上から叩き潰しへし折った。それが為せなかったのであれば火夏星は既にこの地上から消え去っていただろう。


 火夏星は必死に痛みに耐えるミホシの顔面を鷲掴みにすると固定したその頭を殴打していく。蒼の髪が次第に紅の色に染まっていく。連打にミホシがたまらず腕でのガードに移行すると肘を立てガードごと肩を穿っていく。骨砕音が幾度も響く。


 力を無くし前に倒れ込むミホシの身体を抱き止めた火夏星はそのままきつく拘束しその腹に杭打機のように膝を付き立てる。ミホシの身体が浮きあがりくの字に曲がる。ミホシの口元から血と唾液が混ざったものが吐き出され先ほど貫かれた傷口からは血が溢れ出ている。杭打ちは堅牢な腹筋の城塞を容易く砕き貫き内部の臓器を傷つける。それが一本では終わらない二つ、三つを超えて十、二十、三十へと届く。血と汗が滴り落ちそれらが一瞬にして蒸発していく。空気が全て吐き出されて悲鳴すら上がらない。


 やがて蹂躙は終わり火夏星はミホシを解放すると一歩を後ろに退がる。支えを無くしたミホシは意識も定かでないなかゆっくりと前に倒れる。

 倒れることもできなかった。

 一歩分の距離の溜めを得た火夏星の薙ぐような蹴りがミホシの胴から捉え紙のように容易く吹き飛ばす。そこで終わらなかった。


 火夏星は開戦直後の意趣返しであるかのように吹き飛ばされるミホシに追いつくとその顔面を腕を胸を脚を打撃していく。一発ごとに苦悶の声が上がり音が速度に取り残されていく。重ねて打撃する。終わりの一撃を放つ。


 ミホシの身は回転して地に叩きつけられ弾み転がり周囲のコンテナを吹き飛ばしながらやがて地面との摩擦によって制止する。


 夜凪を背に火夏星が一歩一歩地に伏せ動かないミホシの元に歩みを進める。一歩を進むごとに地が焼け溶ける音がする。

 地を焼く音が迫ってもミホシは指の一つも動かない。完全に沈黙している。眼前まで音が届く。


 「ハアイ。ミホシ元気かしら~?そんなわけないわよねえ?」


 「ぅ……ぁ……」


 火夏星は腰を屈めミホシの顔が焦げ付くのも構わずその顔に触れ上を向かせる。ミホシの顔からは血の気が引きその蒼眼は霞んでいた。

 火夏星はその顔に満足したように軽快に手を離すと立ち上がる。


 「私の誘いを断ってくせにムキになるからそんなことになるのよ。頭は冷えたかしら?」

 

 その問いに沈黙を保っていたミホシの右腕が高く掲げられ握り拳が地に振り下ろされる。瀕死の重傷であるというのに砕音と共に港全体を揺らす崩撃だった。だが、それで終わりだった。


 「なぁに?そぉんなに悔しかったの?可愛いわねえ。その超越した力が、意思が。私の手でグチャグチャに潰された。いいわね。本当に素敵よ。私もっとあなたのこと欲しくなっちゃった」


 うっとりとした声色でそう告げた後彼女はミホシから視線を外し夜空を見上げ腕を広げる。


 「これからこの街の人間たちを殺すわ。子供も老いぼれも病人も消防士も関係ない皆殺しよ。もちろん私に文句をつけた刀使いの性格の悪い女もね。みんなみーんな燃やしたら。その時は迎えに来るわね。それまで頑張って意識を保ってて頂戴ね。私いーっぱい悲鳴を聴かせてあげるから」


 そこまで言うと港を去るため身を翻そうとする火夏星の足を掴む者がいた。ミホシだ。彼女は地を這い満身創痍の状態で火夏星を留める。


 火夏星はミホシへ振り向きなおす。


 「なあに?まだ虐められ足りないの?この私が折角しがらみを全部捨て去ってあげようってのに分からず屋ねえ。いいわ。そんなに欲しいなら」

 

 火夏星は掴まれていないほうの足を掲げる。

 

 「もぉっと虐めてあげる!」


 ミホシの背に振り下ろす。


 「げぅッ……あぁっ……!!ぐひッ……?!」


 振り下ろされる度、港は揺れ。ミホシの身体は反りあがる。肉が潰れる音がする。振り下ろしは次第に速度を高めリズムを持つ。


 「あっはははははははは。いいわ!やっぱりあなたは最高よ!ねえどこまで耐えられるの?このぐらい?それともこのぐらい?もっともっといけるのかしら!?可愛いわ無様だわ可愛いわ可哀想だわ可愛いわ!」


 「うっ……?!?ぇげっ!?……うぁ……ああああ!」


 幾度も踏み潰され周囲よりも沈んだその身は血に塗れていた。それでもその腕は離されない。火夏星は最早加減などを無くした様子でまくし立てる。


 「壊れちゃだめよ!砕けちゃだめよ!折れちゃだめよ!もっともっと続けましょう!!次はどこを潰されたいの?背中?腕?それともー頭~?ね~答えてよ~。答えないなら~」

 

 火夏星は踵落としの前のように頭よりも高く脚を掲げる。掲げられた脚はみるみる内に巨大化する。炎巨人の足が振り下ろされる。


 「ぜ~んぶ潰してあげる!」


 ミホシの全身を巨大な熱の塊が押しつぶしていく。これまでの比ではない圧力に周囲がひび割れていきミホシの身も腕を残して見えなくなるほど沈み込んでいく。炎の弾ける音で悲鳴すら掻き消される。それでも手は離されない。


 「うっそぉ!?まだいけるの?それじゃあそれじゃあ……どうしようかしら……私優しいからあんまりこういうのバリエーション思いつかないのよねえ……まあいいわ次はヒールみたいに尖らせてー」


 楽しそうに次の手を画策する火夏星。だが次が実行されることはなかった。一瞬の後。火夏星の身はミホシが握った片脚分をその場に残しその場から消えさった。



♦火夏星は水に運ばれていた。訳がわからない。自分は先の瞬間までミホシを足蹴に勝ち誇っていた筈だ。それが何故このような状態に陥っているのか?抵抗ができない。水を蒸発させてはいる。だがこれまでに経験したことのない水圧と水量が為すすべなくこちらの身を打撃し続ける。眼前に建物が見える。水は火夏星ごと容易く建物を貫き進み続けた。


 対都市火災用水門主砲”飛泉”。それによる水砲撃こそが火夏星を撃ち抜いたものの正体であった。

 飛泉は照準から発射まで数十秒を要する。本来火夏星に当たるようなものではなかった。だが、ギリギリまでその存在を気づかせず。その場に拘束できたのであれば話は別だ。

 火夏星は振り上げ下ろしたミホシの拳の意味を取り違えた。ミホシから飛泉発射の統制を担うアヤセへの合図を見落とした。結果として今だ。


 いくつかの建物突き抜け火夏星が足の形態を変化させ地に足をつける頃には水圧は僅かに出力を落とし始めた。火夏星は押されつつも地を踏みしめ熱量を急速に上げ炎を放ち直線状に水を一気に蒸発させる。

 水の矛は僅かな間止まり、その隙に火夏星はその直線状から逃れる。そして一息をつき。


 「何!?何なの!?びしょびしょじゃないもー!」


 手を振り上げ抗議する火夏星。その身に直径五メートル大の大氷球が直撃しその身を撥ね飛ばす。

 

 大きく吹き飛ばされ地を転がる火夏星が着地し顔を振り上げる。天を見上げたその目に移り込んだものは水。大瀑布のような水の奔流が真っ逆さまに火夏星へと落ちて来ていた。直撃する。


 膨大な量の水が落下した衝撃波凄まじく爆音が辺りに響く。やがて大量の水蒸気の中から声が聞こえる。


 「ちょと……私が何をしたって言うのよ!こんな扱いを受ける謂れはないわ」


 そう威勢よく吠える火夏星であったがその火勢が明らかに今までよりも小さく痩せている。短時間に極端に力を使い過ぎた影響がでているのだ。そこに追撃が入る。


 水弾と共に降り立ったのは数機の人型機械。それぞれが蹴りや拳を放つのを躱し、逆に打撃を入れ破壊する中で一際大きい人型機械のヤクザキックを正面から受け火夏星は壁に激突する。そこに氷槍が付き立てられかき混ぜられ身を削られる。炎を再び噴射し牽制する。そして周囲を見渡す。


 火夏星はようやく気付く。今この場にナニワ消防署本部の戦闘に長けた隊長たちが揃っていることに。それだけではない。その周囲に百を優に超える消防隊員たちが取り囲みそれぞれが水銃を構えている。火夏星は包囲されていた。


 総攻撃が実施される。


 数多の攻撃を避け、受け、喰らい。飛ばされ。反撃し。火夏星は叫ぶ。


 「な……んであんたら有象無象がここにいるのよ!雑魚たちの消火してるんじゃないの!?今もか弱い住民たちは炎に襲われてるんじゃないかしらぁ?」

 

 理不尽な問いに巨大な人型機械を駆るリーゼントの男がコクピットから答えた。


 「なんでも糞もあるかい!ミホシがなんでわざわざオマエの強化させてまで各地を回って火ぃたるほど喰わせた思てんねん。オオサカのデカい炎はもうオマエだけや馬鹿たれが」


 そう。リーゼントの言葉通り水麗都市オオサカの火災はほぼ消し止められていた。後は救助作業のみ。それゆえ戦闘に長けた者たちはその業務から外れこの決戦の地に集結していた。その絵図を描いたのは全て―――


 「ミ・ホ・シィ~~~~~~!」


♦今より数時間前。ミホシは火夏星を強く打撃し距離を引きなしてた。その時だ。ミホシの通信機に七ノ隊隊長ヒカリから通信がかかって来たのは。


 「ミホシさん。聴こえますか?リノン隊長からの伝言です」


 「うん?リノンから?どうしたの?」

 

 「ええ。ミホシさんに……”あまり一人で戦うな”と」


 その言伝にミホシはクスリと口元を緩ませ。昼の出来事を思い出す。


「あの……私、いや……私たち強くなりますから。……隊長やミホシさんを助けられるように。一緒に戦えるように頑張りますから!期待!しててください!」


 ミホシは目を一度伏せ。開き答える。


 「今日はよく気にかけて貰える日だね。うん。そうだね。そうしよう」


 「え?」


 「少しお願いを聞いて伝えてくれないかな。これからの動きを」


 ♦火夏星は回避する。荒れ狂う水の奔流を。白刃の煌めきを。避けて炎を返す。だが押し負ける。

 双刀の剣士がいないとはいえ隊長たちは一騎当千の戦士だ。それが最高峰のオペレーターの支持を受けた支援射撃のもとこちらを襲う。平時であればともかく弱り切った今では対処不可能だ。刻まれる。

 火夏星は思考する。何故。何故己はいつもこのような目に遭うのか。人々に恐れられ刃を向けられるのか。納得ができない。

 

 ……私は特別で、強くて、可愛いのよ……!なのに!!


 なのに何故。自分はこのような不幸にまみえるのだろうか?人であった時もそうだ。己は人々の求めに従って力を振るってきた。そして多くの人々は救われ、感謝し、崇めた。だというのに人々は大恩を忘れ裏切った。こちらに刃を向け。その座を追い落とし。最後には儀式として炎に焚べる牧とされた。


 ……大勢の人間をエネルギー不足からくる貧困から救ってやった。奪い合いの地獄から救ってやった。私の力の行使に異議を唱える愚かな人類の敵たちを皆殺しにして救いの道を開いてやった。多くの人々の希望となってやった。世界は私で溢れていた。私の顔に泥を塗った馬鹿を陰口を叩いていた不束者を一族郎党滅ぼしてやった。汚い血を残さないように掃除してやったのだ。上にのさばる老害共を排して見目麗しく将来性に優れた少年少女たちを支援してやったこともある。憐れで汚らしい貧民街には大金をばら撒いてやったりもした。これほど善行を積んだにも関わらず。人を救ったにも関わらず。彼らは反旗を翻した。なんという愚かさだ。


 儀式の贄とされた結果偶然にも炎という概念と合一し。炎を司る意思そのものとなった己は全世界に復讐した。炎を猛り人々を襲い。文明を破壊し尽くした。そうすれば再び人類の方から自分を求めると思ったからだ。そうはならなかった。

 彼らは徹底的に炎を生活から切り離し。こちらを封じ込める道を選んだ。最悪の断絶だ。許されない愚行だ。

 

 以後己は目覚めている時は意思のみで世界を漂い知識を集め力が十分に溜っては時折降臨し世界を蹂躙した。人類との戦いの始まりだ。


 怒りの理由を思い出す。それは長くは続かない。しかし無理矢理の。限界を超えた出力を生み出す。有象無象を吹き飛ばす。


 地を這い呻く人間たちを前に火夏星は熱を纏い飛び。突貫する。一人一人消していく。まずは面倒な大型機械の男から―――


 そのように動こうとした火夏星であったが横合いから飛んできた蒼影に打撃され阻まれる。全身を紅に染め肌を晒した女は。


 「ミホシィ!!」


 彼女が生まれた時から存在を知覚していた。何か良くないものが生まれたとそういう直感があった。気に入らなかった。自身を個として脅かす。自分の特別性を侵すような存在が現れたのは純粋に不快だった。

 だが一度打ち倒され。世界を漂いその顛末を見て考えを改めた。

 彼女は非難されていた。本来ならば人命を多く救い称賛されるべきであろう行いをした彼女が、だ。その幼い双肩で全てを受け止め表では超人として振る舞い裏では痛みに涙する。そんな姿に感銘を受けたのだ。自分たちは似ていると。無二の友を得た気分だった。

 それからは彼女と会うのが最大の楽しみになっていった。彼女に自分という存在を刻みつけることに快感を得るようになった。いつか彼女が自分と共に歩む日がくればいいと、そう思う。


 だが今ではないようだ。


 念入りに邪魔者は排除する。それを阻む彼女も片付ける。全てはそれからだ。


 「どきなさいミホシィ!」


 「残念ながら」


 拳を振るう。僅かな動作で避けられる。残った片腕で顎を下から撃ち抜かれる。そのまま肘で胸を抉られる。蹴り飛ばされる。支援射撃と隊長たちの攻撃が来る。直撃する。


 ミホシが切り込み隊長たちがそれに続き一般隊員たちが支援する。危なくなれば機械兵たちが庇い態勢を整える。流れが整っている大勢は既に決した。


 そして―――



 ♦ミホシの拳が火夏星の胸部に大穴を開ける。火夏星は大きく体勢を崩し後退する。核が露出している。


 ミホシの元に白の軌跡を伴うものが投げ込まれる。視線を移しもせずに右手でそれを掴む。


 ミホシが手に取ったもの。それは氷刀”六華”。大気を凍らせ生まれる白の軌跡を流し。六華を手に今できる最大の速度で火夏星の元に駆ける。


 火夏星が抵抗の腕を振るう。だが間に合わない。六華が振るわれる。


 一閃。


 後からやって来たその斬撃音と同時。火夏星の黒の核にヒビが入り始め崩壊する。

 火夏星は首だけで背後のミホシに振りむき囁く。


 「ミホシィ……私は……あんたとだけ……!!」


 感情が高ぶり過ぎて言葉になってないそれにミホシもまた囁くように返す。


 「安心しなよ。君を殺すのは僕だ。それだけは誰にも譲らない。それを忘れるな」


 受けただけで人々が絶命するような殺意を浴び火夏星はどこか力を抜いたように肩を下げ。


 「そう」


 崩壊し、霧散する。


 死傷者数三万七千五百六十二人。水麗都市オオサカでの火夏星事件が幕を閉じた。


 夜が明ける。

 


 

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