第7話 頂上対決
現場に到着したミホシは焼け落ちたリノンの右腕に目をやると掌で自らの顔を覆い隠す。
「リノン。ごめ……」
「言うな」
言葉を途中で阻んだリノンはため息を一つつき。無事な手で体を支え起こす。
「私が至らなかった……それだけの話だ。そんなことより…‥‥目の前のことに集中しろ」
ミホシはしばし顔を覆ったまま不言で立ちつくすとやがて覆いを外し敵を見据える。
「うん。任された」
眼前。遠く離れた位置の瓦礫の山から炎の脚が覗く。やがて瓦礫の山が焼け落ち溶けるとその全身を現す。
ミホシと近い二十代前半程の美しい活発な女性の姿。以前対峙した時とも、それ以前に交戦した時ともまた違う姿。火夏星は遭遇するたびに若年の姿に近づいていっている
「あはッ!いいわぁ。あなたのその内の激流のような感情を必死に隠そうとして、でも零れ落ちちゃうそんな貌。本当に素敵よぉ……剥いで被っちゃいたいぐらい素敵」
喜色を見せる火夏星は鷹揚に街を闊歩すると頬に指を当てる。
「でもー私の楽しみを邪魔するのはいけないわね。そうできないようにしてたはずだけど?」
「凄く頑張って走ったからね」
ミホシはあっけらかんと答えるものの火夏星は納得しきれぬといった風で、
「それだけじゃあないでしょう。うーん、そっか!オペレーターの娘、あの娘わざと大きな声で言ったのね?私に聴こえるように。ねえ、そうでしょう?」
通信オペレーション担当でもある七ノ隊隊長ヒカリは一計を案じていた。それは即ちミホシの到着時間を予想よりも僅かに長く報告すること。火夏星がまだ時間に余裕があると誤認し遊ぶことを期待したものであったがそれは十全の効果をあげた。
「まんまと騙されちゃたのね……私。人がいいって損よねぇ。そう思わない?」
「思わない。僕は君程醜悪なものを知らないな」
「あ、そう。折角今回はお腹の中に火を通すぐらいで済ませてあげようと思ってたのに。残念ね」
火夏星は身を抱くように組んでいた腕を解くと左右に侍らせた劫火に手を触れる。すると見上げる程巨大であった炎身が一瞬にしてその手のうちに吸い上げられ消えていく。後に残された黒の核はヒビが入り割れる。瞬く間に消え去った炎竜とは対照的に火夏星の身体は一層赤く燃え盛り。
「さあ、始めましょ――――」
火夏星は最後まで言えなかった。空間が破裂したような轟音が響き火夏星の身は瞬きをする間に数百メートルの距離を飛ぶ。彼女はただ勢いのままに直進していない。その進行方向の先に建物があると直接それを破壊しないように進路を変えさせられている。彼女は自分の意思で移動していない。移動させられている。打撃されているのだ。音を遥かに超えた速度で飛ぶ彼女にぴったりとくっつき連撃を放つミホシの手によって。加速する。
♦ミホシは連打する。対象は火夏星。顔を抉り、腹を割り、火勢を削いだら核を狙う。急所狙いの攻撃は防がれるが一方的な打撃が火夏星を滅多打ちにする。次は首だ。
「この……いい加減に……!」
火夏星は打ちのめされながらも首狙いの右手刀を取ると両足でミホシの胴を締めあげる。そして一気に身を起こす。
「しなさい!!」
頭突きだ。超常存在同士の頭部と頭部が衝突し正月の鐘のごとし音が響き渡り、ついで周囲の建物の窓ガラスが衝撃に耐えきれず崩壊する。
直撃を受けたミホシは走りながらも少し頭をふらつかせたような動きを見せると一層頭を振りかぶり、その蒼頭を炎頭に叩きつける。炎の脚の締め上げは剥がれ火夏星は地面を焼き転がる。
「いったぁ~~。何なのよその頭。ダイヤモンドででもできてんのぉ?それなら溶ける…‥かッ!?」
地面を転がる火夏星の頭を踏み潰すようなミホシの追撃に火夏星は腕の力で遥か上空まで跳ね上がることで回避。宙空で逆さの体勢を取ったところで両の足裏からビル一棟はあろうかという大炎を噴出。紅蓮の矢となり地上のミホシへと突貫する。
ミホシは超速の突貫とそれによる加速を得た貫手に対して身を逸らし、貫手を両腕で掴み、合わせると勢いをそのまま利用した一本背負いを仕掛ける。火夏星の身は地殻一帯を砕きミホシに掴まれた腕を残して地中深くまで沈んでいった。
ミホシは握った炎腕を握りつぶし霧散させるとワンステップ退き地下を警戒する。すると路面が赤に染まり溶け下から巨大な鉤爪のような腕が現れ周囲を掻きむしっていく。
連撃を躱し鉤爪の爪を一本一本破砕していくとやがて片腕を巨大化させ下半身を蜘蛛のように変化させた火夏星本体が地面からあがってくる。
火夏星はミホシの姿を確認すると嗤い。通常の腕を杭打機のように変化させると爪を振りかぶり突撃する。ミホシもまた地を蹴り突貫する。激突が生じる。
♦リノンたちは到着した救護三番隊によって治療を受けていた。既に意識を取り戻したシゲユキとハッピートリックは簡単な治療を受けて再び火の元へと駆けていたったが。
「リノン隊長はダメですよ!絶対安静です」
「く、ミホシの奴が戦ってる最中に私がのうのうと横になっているなど耐えられん……何とかしてくれ」
リノンはシートに寝かされ脂汗を浮かべながら遥か遠ざかった戦闘音のする方角に眼をやる。こうしてる間にもどんどん音は遠ざかっていく。そんな彼女に救護隊員は深いため息を一つ。
「リノン隊長片腕無くなってるんですよ。生きてるだけで奇蹟なんですよ。そんな人行かせたら隊長に何されるかわかりませんよ!絶対安静にしてもらいますからね!」
「う……すまん……だが最後に……ヒカリに通信させてくれないか」
「それぐらいなら」
救護隊員は仕方なさそうに通信機をリノンに渡してやる。リノンはそのまま通信機を耳に当て話始める。
「ヒカリ…‥‥聞こえるか?」
『リノンさん?絶対安静のはずでは?どうしたんですか』
「ミホシの奴に……伝え忘れたことがあって……な。お前から……伝えてやってくれないか?」
リノンはかすれた声で数言離すとやがて目を閉じる。
ヒカリと三ノ隊隊員たちの焦燥した声が聞こえて来るが問題ない。あいつなら……私たちならきっとなんとかできる。そう信じてリノンは意識を手放した。
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