第5話 火夏星

突如としてオオサカの街を襲った火夏星に対して消防士たちの対応は早かった。

 都市内各所に設置された緊急用消火装置を全て起動し、地下で貯めていた水を放出、火勢を抑えると共に本部や各支部からは消防車や八ノ隊隊長アヤセの指揮する消防船団、五ノ隊隊長タケノリが指揮する危険地帯救助兼対怪火汎用人型兵器”水守”が出動。各地で連携を取りつつ救助活動と共に消火活動にあたっていた。


 体長十三メートル。頭のない炎の竜。複合商業施設を蹂躙する劫火は横合いから飛んできた鎖につながれた直径五メートル程の大氷球に殴り倒され核を露出させる。

 剥きだしとなった核に対して奇襲を仕掛けるものがいた。対劫火用人型決戦兵器”武水”を駆るタケノリである。彼は背部の水を推進剤として利用するスラスターを起動。加速した勢いのまま核に拳を叩き込む。すると核に亀裂が入り、割れ、砕ける。それと同時に炎の竜を構成していた炎もまた霧散する。

  

 「これで二匹目か。処理速度よりも増加速度の方が上回っているように思えるな」


 六ノ隊隊長タケトヨは周囲の隊員たちに消火命令を出すと、鎖につながれた氷球”龍雹”を手元に手繰り寄せる。芳しくない戦況にタケノリも搭乗席で舌打ちをする。


 「火夏星を倒さん限り対処療法でしかないでこらぁ。ミホシは何やっとるんや……!?」


 

 ♦素手の抜き手により頭のない炎の虎。怪火の核が砕け散る。炎は飛散し破壊の実行者たる蒼と黒の女性ミホシは先に進む。だが今の状況は。

 

 ……うん。囲まれているね。


 現在ミホシは屋根上を駆け。一直線に火夏星本体の元に向かっている。ミホシの速度であれば自宅から発生地点まで距離があったと言えどもとうに交戦していてもよいはずであった。しかしそうはならない。

 眼前では、無数の怪火や劫火がミホシの行く手を塞ぐ。地上も屋根上も空も封鎖済みだ。まるで火夏星の元には辿り着かせないというような動きだ。通常の炎事件とは違い、炎たちに戦略がある。


 怪火であれば一撃、劫火であれば数撃で消火が可能なミホシにとって一体一体はさしたる足止めにはならない。だが、それが何十体となってくると別だ。僅かなロスが積み重なり次第に深刻な遅れに繋がっていく。


 そして厄介なことに火夏星はミホシを避けるように移動している。そうしながら炎の領域を増やしている。こちらが辿り着くまでに出来るだけ多くの被害を出してやろうという魂胆なのだろう。アレはそういう手合いの下衆だ。

 焦りを感じ、更なる加速を入れたミホシの背後を風を切る一撃が抜けていく。それは一度で止まず多角的に連続して襲い来る。それは決して当たるものではないが進路を確かに妨害する。空気を用いた狙撃銃による狙撃だ。恐らく相手は火の民。彼らもまた火夏星を支援すべくこちらの移動を妨害しようというのだろう。


 「人同士助け合えばいいのにね」


 ミホシはため息をつき前傾の疾走をより深くし、屋根上のコンクリート片などを拾い、狙撃地点に対して狙撃以上の速度で正確に投げ返す。一つ二つと狙撃が止む。それでもまだまだ障害は絶えないが。


 「押しとおる」



 ♦業火のうねる地獄のような街を楽し気にくるくると回り踊るように進む女がいた。火夏星だ。彼女は飲食店の立ち並ぶ通りに辿り着くと踊りを止め、頬に指を当て首をかしげる。


 「ここってミホシのお気に入りがあるところよね。どこだったかしら~?ん~……?まっ、いいや!」

 

 彼女はまだ人の声が聞こえる飲食店のほうに向かって広げた右の掌の先を向けるとそれを口元にもっていき。吐息を吹きかける。次の瞬間。通りを超えて十数軒の建物が一瞬にして炎に包まれる。

 怪火程度では燃え広がらない程の耐火性能を誇る建材は絶やすく燃え、その姿を失い。内から二体の劫火が誕生した。


 「あっはははははははは!見た!?人間がどれだけ頑張っても所詮人間。炎に抗うことなんてできないのよ!ははははは」


 彼女は腹部に当たる部分を抱えひとしきり笑ったような動作を作ると不意に。


 「退屈ね。ミホシったら早くこないかしら?全く私に対して遅刻なんて不敬もいいところよね~。お仕置きにもっとあの娘のお気に入り。燃やしてあげなくちゃね」


 と、自らが足止めを命じたことを棚に上げ、髪をかき上げて身勝手なことを言い放つ。そこに横合いから大滝のような水の奔流が叩き込まれる。


 「おっと」


 間一髪横のステップで逃れる火夏星であったが、その身に氷の穂先が突きこまれる。彼女はバック走で逃れようとするも眼前の槍を持つ初老の男性がぴったりとくっついて離れない。男性は突きこんだ槍の穂先を竜巻のような勢いで回転させる。空気を削るその動きは回転内部の空気を削りやがて真空空間を生み出す。

 核に傷はついていないものの火夏星を構成する炎が吸われ消えていく。彼女は顔をしかめると。


 「鬱陶しいってば!」


 全身から大炎を展開し、強引に初老男性を退かせた火夏星は不満げにアスファルとを踏み溶かすと。


 「も~!なんなのよあなたた……ち!?」


 背後から二刀の斬撃を受ける。それは表面を僅かに削るだけではあったが確かに痛みとなり。火夏星は飛びのき。離れた地点から現れた刺客を確認する。


 「ふーん。隊長が三人かあ。暇つぶしには丁度いいかも。できるだけ原型残して死んでよね。ミホシに見せてあげたいからさあ」


 「ほざけ」


 激突する。


 ♦「シゲユキ隊長、リノン隊長、ハッピートリック隊長。以上三名が火夏星に接敵しました」

 三ノ隊隊長キリヒコは火災救護の現場で七ノ隊隊長ヒカリのダウナーボイスの通信を受け取っていた。

 救護隊でもある三ノ隊の隊長である彼は、片腕で負傷した患者の手当てを行い。もう片方の腕で彼専用の氷の短刀”名残雪”を飛ばし怪火の核を見もせずに砕いていく。


 「ハイ!そっちの患者さんはここに寝かせて。ハイ。ハイそうです」


 彼は忙しなく低姿勢で指示を出し、闘い、治療すると不意に空いた手で額の汗を拭う。


 ……ウチの対人TOP3とはいえ相手は火夏星。生きて戻ってくださいよ……生きてさえいればどうとでもしますので。


 そう願うキリヒコの耳元にダウナーボイスが響く。


 「ミホシさんの到着まであと三分。耐えてください」

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