第4話 災厄の始まり
水麗都市オオサカ。華やかなこの都市にも人の往来の少ない寂れた場所というものは存在する。
人々の仕事が終わったかき入れ時だというのに通り一面の建物にシャッターが下りたこの商店街もその一つである。
二ノ隊隊長リノンは自らの指揮する二ノ隊の隊員たちと共にこのシャッター街にいた。彼女はシャッター街中央あたりの建物の前で腕を組み側近の部下に確認を取る。
「火の民の拠点はここで間違いないのか?」
「はい。間違いありませんこの建物から複数の火の民のシンボルを身に着けた人物の出入りが確認されています」
火の民とは炎が忌避されるこの世界で炎を信奉する異端の地下組織である。炎と対話することで和解し、禁火以前の人類の姿を取り戻すことを掲げているがそのやり口は危険極まりない。弄火を隠して育てるようなことは序ノ口で、以前には都市全土を巻き込んだ劫火が複数発生する大火事を発生させたこともある。火夏星にも何らかの形で関わっているのではないかとさえ推測される正真正銘この世界で最も危険視されるテロ組織だ。
「火の民案件ならば令状は必要ないな」
「隊長、他の隊の到着を待たなくてもいいのですか」
「ああ。これは勘だがな。奴らは既に動き出している。応援を待っている間に取り返しのつかない事態になる可能性がある」
ゆえに今動く。
リノンは隊員たちが十分に展開したことを確認すると腰に差していた双の刀を引き抜く。白霧と共に引き抜かれた刀身はいずれも零下の凍気を纏っており周囲の大気を凍てつかせている。リノンの専用装備。双刀”六華”。六華の刃。その軌道上には凍てついた大気が白煙の軌跡を示している。
リノンは六華の内を体の前に交差させ一気に振り抜くと宣言する。
「突撃!私に続け!!」
吠声を背にリノンは突貫する。気配から察するに眼前のフロアにいるのは四人。三人が扉から離れた位置にいて動かない。恐らく彼らは銃手でこちらが侵入した瞬間にハチの巣にするつもりだろう。そしてそれを切り抜けても扉近くの天井付近に張り付いている近接武器持ちが第二波の奇襲を仕掛ける算段。やがてシャッターを目前にするとリノンは六華にて鉄を三名ほどが通れる幅でき刻み、断つ。そして断ち切った部位を勢いよく蹴り抜き。一気に侵入する。
蹴り抜かれた鉄扉は安物の弾丸をを弾きつつ、正確に正面奥の銃手を打ち抜いた。
一人を失っても射撃の嵐は止むことはない。よく訓練されていると、リノンはそう思いつつも左手の六華を回し殺傷用空気銃による弾丸を凍てつかせ弾き落としていく。
リノンが銃弾を防ぐ最中、上部で待ち構えていたものが降下の勢いで刃を振りかざす。リノンはそれを確認もせずに右腕を振るい襲撃者の得物を持つ腕を切断、軌道を変更し胴部をも切りつける。血しぶきは上がらない。その前に傷口は凍てつく。
リノンは右腕の六華を手放し、無様に落下した襲撃者を右の後ろ蹴りで外に追い出してやる。後ろ蹴りで得た距離を溜めとして落下してきた六華の柄尻を蹴りつける。すると六華は矢の如し勢いで飛び立ち真ん中の銃手の持つ銃身を正確に捉え破壊。そのままの勢いで銃手の肩を貫き壁に縫い留める。
残った六華を両手に構えリノンは悠然と最後の一人に向かって歩みを進める。銃手は散発的な射撃で抵抗するが容易に弾かれついに至近の距離へと到達する。
一閃。
掃討を完了する。
一階部分を掃討し。二階部分の敵も隊を展開し早々に片付けたリノンは散らばった床に不自然な部分があることに気付く。身を屈み、剥がしてやると現れたのは地下へと続く階段であった。
オオサカの街には地下道が至るところに存在している。その中にはこのように政府や消防署が把握していないようなものも存在している。
「隊長!これは……」
「行くぞ。10名。ついてこい。私から三歩距離を取ってな」
リノン達が降り立った先は五名ほどが通れる幅の地下通路になっており、その先には鋼鉄の大扉とそれを守るように二名がエアライフルを構え守護していた。
「お前達は後から来い」
リノンは背後に部下を待機させると廊下を一直線に駆けだす。当然、門兵たちも気づき散弾を撃ち放つ。リノンはそれに対し足場を床から横の壁へと変えることで対応した。徐々に壁を駆け上がり弾を交わし。やがて天井に到達すると天地逆向きに疾走する。こうなると跳弾を恐れ門兵たちは狙いがつけられなくなる。リノンは門兵たちの背部まで到達すると天井を蹴り着地ざまに門兵たちの背を切りつけた。突破する。
リノンが立ち上がり、部下の到着を待つ。その間に、鋼鉄の扉は独りでに開き始めその中を露わにする。彼女は即座に応戦の構えを取るが、
「こんばんは。ニノ隊隊長そして……」
露わになった部屋の中。その中央に立つ老いた男の持つものに、リノンの思考は一時停止する。それは今、この時代に存在しない筈のものだった。いや、存在してはいけない筈のものであった。
一つは点火器、ライターといってもいい。そして、もう一つ。かつて世界中の政府が徹底して排斥し、その製法も知識を持つ者ごと闇に葬られていったもの。一般市民は存在すら知らず都市を守る隊長であるリノンでさえも伝聞の形でしか知り得なかったソレの主成分は、ニトログリセリン。
かつて偉大な科学者が開発した爆薬。その名をダイナマイトと呼ぶ。
「さようなら」
男はそういうとライターから発生した弄火をダイナマイトへと近づける。
「待ッ!?」
て、という言葉は途中で止められた。扉の脇から現れた二人の男による強襲を受けたからだ。リノンは即座に双刀を振るい、切り捨てる。だがそれが悪手であった。顔を上げれば弄火の纏わりついた火薬は至近の距離まで来ている。刃を振り抜いたこの体勢では弄火を切り爆破を止めることは間に合わない。
思考が高速化する。このままいけば己は爆風の衝撃で相応の傷を負う。自分のように炎祓でもなかろう眼前の男は粉微塵だ。こちらは傷を負い、爆薬の出本への手がかりは闇に消える。大損もいい所である。そして爆炎がまき散らされ、周囲に敷き詰められた可燃材に燃え移り、火勢を増した炎はやがて劫火まで至るだろう。傷を負った状態で応援が来るまで現在の部隊で戦うのはこんなんだ。負傷者が大勢でる。
危機を前にリノンは歯噛みし、そしてその思考はある人物の顔を浮かべる。
ミホシだ。
ここにいるのが自分ではなく、彼女であればこのようなことは起きなかったのか。一瞬で全てを制圧し、部下を危険に晒すこともなく立ち回れただろうか。そこまで考えリノンは激昂する。
……ふざけるなよ。
何が水星か。奴はただの炎祓であり奴にできることであれば当然自分にも可能だ。そうでなければならない。であるというのに己は諦め責務を放棄しようとした。腹が立つ。
リノンは全神経を身体制御に注ぎ込み、一歩を苛烈に踏み出し、床を踏み砕く。敵の身体を切り捨て、今背後を向いている双の六華は手放す。構え直している時間はない。その分軽くなった身を使い、全速前進で、最短距離で、限界を超えた抜き手を放つ。
迅雷の如き速度で突きこまれた抜き手は果たして弄火を消し去る。
リノンは一瞬にして男を取り抑える。
「言え!貴様らこんなものをどこから……!!」
「グッ!?あそこから止めるとはね……。想定外だが。我々がこの程度しか備えをしていないと思うかね?」
「何……?」
その時だ。遠くからボンッという聴きなれない音と共に空間が揺れる。
「———!?」
音の発生源は遠い。だがそれは一つで終わらず二つ三つと続いていく。
「き……さまら……ここは陽動か……!何故だ。何故こんなことを……例え劫火が複数発生したとしてもだ。この都市には世界有数の消防隊がある……なにより、ミホシがいる!直ぐに消されると分かっていて何故貴様らはこのような蛮行に及んだ……!」
「炎様がそれを望んだからに……決まっているだろう?それに、無駄ではないさ……。これは導火だ。炎様は既に力を取り戻されている。ホラ見てきなさい」
男は上を指し示す。リノンは男を部下に預け。地下から地上へ、より見通しのいい二階部へと駆けあがる。
窓の外には四か所からの火災が見受けられる。だが、重要なのはそこではない。炎が発生しているのだ。何もない宙に、オオサカの上空に小規模な炎球が発生している。
炎は時と共に規模を広げ、幾層にも展開していった。そして夜空に大輪の花が咲く。
花はやがて弾け、飛び、地に落ちる。その様子はこの時代の人々の知りようもないもの。花火のような光景であった。
地に落ちた花弁は、一瞬にして辺りを呑み込む。そして燃え盛り、拡がり連火する。
そして花弁の中央。災厄の種が街へ降り立つ。種は爆ぜた。空気を、熱を、建物を、人をなにかもを炎の海で浚い灰塵へと化す。
午後八時十四分。水麗都市オオサカは瞬く間に炎の都となり果てた。
♦最も火勢が強く。生物の生存が不能となったその地に人影があった。
女だった。女性的な柔らかさと生物的な強さを感じさせる引き締まりった印象が同居しているボブヘアーの女は、服を着ていない。
その晒された肌は、情熱的な赤の色を持ち、風に揺らめく。その顔はいたずらっぽい表情を見せるが貌はない。女は、人ではなかった。
炎だ。その女の体は心臓部の黒い塊を除き、その身の全てが炎で構成されていた。
炎は数歩を歩くとやがて立ち止まり指を口元に持って行く。
「さて、遊びましょうか。今度はどんな貌を見せてくれるのかしらね。ねえ、ミホシ?」
炎は嗤う。
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