第3話 再会

ナニワ消防署本部において各隊長たちによる緊急会議が開かれてから数日が経っていた。


 オオサカでは消防署主導による厳戒態勢が敷かれており街中どこを見渡してもチラホラと防火衣を着込んだものたちの姿が散見される。このような体制の下であれば先日のような炎が発生しても直ぐに消火されてしまうだろう。


 ミホシはそんな街中を歩いていた。今日の恰好は半袖のシャツ、三角帽子、デニムのジーンズの上から黒の防火服を腰に巻き付けている。有事に備えて休養を取っておくようにと言われたが自宅で特にするようなこともなく。それならばと、異変が起きていないかと市中を見て回っている。


 現在ミホシは街の通行人や屋内の人々の視線や意識から外れるように身体の動きを制御し移動している。理由はいくつかあるが人々が自然にしている方が異常に気付きやすいというのが最たる理由である。

 ”水星”ミホシは良くも悪くも目立ちすぎる存在だ。彼女のような存在はただ自然にしているだけで人々に普段と異なる立ち振る舞いを強制する。そのような状態では仮に火の民のようなものがいても直ぐに気付くことはできない。そうミホシは考えていた。だが不意に彼女は人々の意識から外れることを止める。その視界に声を掛けるべき相手を見たからだ。


 「やあ。君、リノンの隊の子だったよね?」

 「ひゃッ!?て、アレ?あなたは……ミホシ……さん!?」


 ミホシが背後から声を掛けたのは先日彼女が怪火を討伐した際に居合せた女性だ。私服である今は少女、といってもいい風貌の彼女はミホシから慌てて一歩距離を取り礼をする。


 「あ、あの。先日は大変お世話になりました!あの時ミホシさんが来てくれなかったらきっと私たちみんな死んでました……本当にありがとうございます……!」

 「ああ、いいんだよ。それより、その様子だともう調子はよさそうだね。うん。いいことだ」

 「はい!頑丈なことだけが取り柄なので!残りの二人はそうもいかなかったのでこれから見舞いにいくんですが……というかミホシさんは大丈夫ですか!?確か手を炎に突っ込んでましたよね!?」


 ミホシは過剰に心配する彼女に対して両手を差し出してやる。


 「ほら何ともないよ。私は炎祓ほむらばらいだからね」


 人類が意思持つ炎に襲われるようになってから長く時が経った後、突如として炎に耐性を持つ新たな人類が登場した。それが炎祓。誕生理由は不明で一説には炎に対抗するため人類が選んだ進化の形とも、過酷な人体実験の結果生まれたともいわれている。ともあれ彼らは数こそ少ないものの並みの炎では燃えず、逆に炎を物理的に捉えることのできる性質と低酸素環境での生存適正。そして高い身体能力を特徴として持って生まれる。正に人類にとって希望そのものと言える存在だ。


 「いや炎祓でも危ないものは危ないでしょ!?ミホシさんはうちのエースなんですから体を大事にしてください!」

 「それは……その。うん。参ったね」


 自分よりも遥かに力のない存在に珍しくミホシが押されていた頃。その様子を見ていた周囲が次第に騒がしくなっていく。


 「おい……ミホシってあの子"水星"のミホシじゃね?俺、サイン貰ってこようかな」

 「勘弁してほしいわ。なんでこの区域に……燃えなきゃいいけど」

 「ミホシさまー!おーい!!」

 「疫病神が……」


 人々の反応はどちらかというと肯定的なものが多いとはいえ賛否分かれるものであった。もちろん否定的な言葉も聞こえるように話すような愚か者はいない。ただ、ミホシの人間離れした聴覚は囁き程度のものでも鮮明に聞き分ける。

 ミホシの呼ばれかたは様々だ。水星、英雄、、死神、疫病神、歩く発火装置などこれはほんの一部に過ぎない。人類の守護者たるミホシが多くの蔑称で呼ばれること、それにも幾つもの理由があった。


 理由は大きく三つあげられる。

 まず初めに彼女の活動時期と炎にまつわる事件の活発化が重なっていること。炎はここ十数年で活発化している。これはちょうどミホシが消防士として力を振るい始めた時と重なり以降年々その勢いは増している。このことからミホシこそが炎の発生源であり普段の活動はマッチポンプなのであるという風説も流れている。よくないことに怪火以上の炎に対してある程度感知が可能なミホシがオオサカ都市内で発生する炎事件の殆どに介入していることもこの説に信憑性を与えてしまっている。


 次に彼女と親しい交流のある者が次々と炎にまつわる事件で命を落としていることだ。特に彼女の代の消防士の死亡率は高く現在まで生き残っているのは二ノ隊隊長リノンを含め片手で数えられるだけだ。彼女が死神と呼ばれる所以である。


 そして最後に彼女の力があまりにも人間離れしていることだろう。建造物を一撃で粉砕する膂力、音を置き去りにする戦闘機動、なによりただ存在するだけで人類の天敵たる炎を掻き消す姿。そのどれもが自分たちと同様の生物と思えぬ要因となり忌避されることとなった。また、その圧倒的な力故各国各都市から引き抜きの工作が行われることも多々ありその度に少なからず住民は負担を強いられたことも悪感情の要因となった。


 ミホシもそのように見られていることに対しては自覚がある。だが特段なにもしない。己の使命は炎を殺すこと。そして人を守ることだ。自分が彼らにとってどのような存在であれその遂行には関係がない。

 そうこうしている内に付近全ての視線が話す二人に注がれることとなった。ミホシは慣れゆえに何もしない。だがもう片方は違った。


 「ちょっと!なんですかあなた達さっきからずっとじろじろ見てきて。すっごく失礼ですよ!さあ散った散った!!」


 不躾な視線に対する予想外の反撃に観衆たちは蜘蛛の子を散らすように去っていく。追い払った当の本人は息を切らしてミホシに向き直る。


 「あの……私、いや……私たち強くなりますから。……隊長やミホシさんを助けられるように。一緒に戦えるように頑張りますから!期待!しててください!」

 「———!」


 その言葉にミホシは目を伏し、言葉を詰め、しばし無言となった。宣言した少女もその空気に耐えられなくなり、


 「あ、その……私下っ端の癖に何言ってんだって感じですよね!?その……すみません忘れてください!」

 「コレ……」


 慌てふためく女性消防士にミホシはズイと紙を持った手を差し出す。


 「え……と立食……パーティ?ですか」

 「一枚で三名まで行けるらしい。開催されるころには彼らも退院していることだろう。行ってくるといい」


 それはミホシがリノンに渡されたものだ。本人としても相当行きたがっていたものであるはずだが。


 「助けて貰っておいていただけないですよこんなの!」

 「いいんだ。これは頑張った人に、頑張る人に与えられるべきものだ。受け取って欲しい」


 相手を見つめるミホシの目は真剣そのもので絶対に譲らないという強い意志を感じさせるものだった。女性はついに折れ手を伸ばし。


 「はい。……では謹んで頂きます」

 「ああ、それじゃあね。早く仲間にも見せてあげるといい」


 そういうとミホシは彼女に背を向けその場から去ってゆく。

 女性もまたその背を見送りながら礼をする。


 「ミホシさん。本当に本当にありがとうございました…‥!」


 ♦ミホシから立食パーティーのチケットを受け取った女性は仲間たちの入院する病室にやって来ていた

 「でね。その時ミホシさんが頑張った人にって。言ってくれて~」

 「は~ええなぁお前ばっかミホシ様と縁があってなあ」

 「ほんで俺らの分のサイン貰ってきてくれたんか?」

 「ああ……!!それがあった……!!」

 「なんや使えんなあ」

 「お前……そこが一番大事なとこやろ……!」


 馬鹿共は思いの他元気でこちらのミスは口うるさく指摘する。癪に障った己は強権を振りかざす。


 「アンタら~このミホシさんに貰った立食パーティーへの招待券が目に入らぬか~?そんな態度をとってると連れていかないぞ~!」

 「ハハー!私の無礼をお許しください~。コイツはどないなってもええですから……!」

 「ハァ~!?コイツこそ豚の餌でもなんでも食わせてやればええから私を連れていってくださいー!」


 なんだとオマエ?お前こそと、入院中の身でありながら醜くも殴り合いを始めた馬鹿二人を尻目に先ほどの出来事を思い返す。

 一緒に戦えるようになる。そういった直後だ。一瞬、一瞬であるが。ミホシの瞳が潤んで見えたような気がしたのだ。


 ……もしかしてミホシさん。あの時泣いてた?


 そこまで考えてすぐにその思考を否定する。なぜなら相手は最強の火消し。雲の上の存在だ。そんな相手に自分が何か響かせることなど無いだろう。


 でも。


 もしかしたら、もしそうであったのであれば。それはとても嬉しいことだと。そう思う。


 喧嘩に気付いた看護師の怒鳴り声と蝉の声が合わさり空に響いていく。


 水麗都市オオサカが火夏星により火の海に包まれたのは、そんな日の晩であった。

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