四十年




 楼は相変わらずだ。

 私の世話、鍛錬、読書。笑いもしなければ泣きもしない、無愛想で無口な──。

「……」

 ──相変わらず……?

「楼」

「はい」

「少し老けたか?」

「左様かもしれませぬな。人においての五十年は、それなりに長い年月にて」

「五十年か……まだたった五十年……」

「鉄仙様の物差しでは刹那の時間なのでしょうな。証に、貴方様は変わらずお美しい」

「……私は完全にして唯一ゆえな。美しくて当たり前だ」

 楼は皺の増えた顔で私を見ている。無愛想な顔だ。こいつの笑顔は終ぞ見たことがない。

 別に笑ってほしいとも泣いてほしいとも思わない。そういうところが他の『人』と区別がつきやすくて助かっていたことは否めないゆえに。

 ……しかし疑問がないといえば嘘になる。表情がないとはいえ感情がないわけではあるまい。それをどうして隠してしまうのだろう、この男は。

「楼」

「はい」

「私と居て楽しいか?」

「無論にございます」

「ならばなぜ笑わぬ?」

 質問に、楼は予想外の反応をした。

 ひどく驚いたような、いかにも『考えもしなかった』と言いたそうな、そんな顔。

 ……以前から思っていたが。笑いも泣きもしないくせに、驚きの表情はわりと浮かべるのよな、こいつ。

「……私は幼くして家長の責務をあずかった身なれば。少し、気を張りすぎていたのやもしれませぬな」

「……」

「上手く子供時代を過ごせなかった、と申せばよろしいのでしょうか」

「それは……私のせいか?」

「いいえ」

 楼は緩やかに首を横に振った。

「私は鉄仙様のお傍に置いていただいているこの半生がたいへん幸福にて。子供時代の代わりに私に与えられた褒美と考えております」

「嘘はついておらぬであろうな」

「まさか。この私が鉄仙様に対し言葉を偽るなど」

「……」

「信用に足りませぬか?」

「……」

「ではこう致しましょう」

 言って。

 楼は──微笑んだ。

 初めて見る楼の笑顔。とても穏やかで満ち足りた顔。

「鉄仙様。貴方様がご心配なさらずとも、私は幸福にございます」

「……やはり老けたな、楼」

 思わず私も笑う。

 同時に、どうしようもなく切なくなる。楼を手離したくない願望がふくらんでゆく。

 そしてずっと考えていたことを、とうとう口に出してしまった。

「楼、お前も不老不死にならんか」

「お戯れを」

「私は本気だ。私の血を飲め。さすれば数百年ほど寿命が伸びる。毎日飲み続ければ永遠に生きるのと同じだ。不老不死は可能なのだ」

 楼は無表情に戻り──それでも穏やかな顔つきで言った。

「せっかくのご厚意ですが、どうかお許しを」

「……なぜだ」

「私は人でありたいのです。人の理から外れることを良しとは思えない」

「私の存在を否とするのか」

「いいえ。鉄仙様こそ、御身の存在を違えてはおりませぬか」

「──」

 私の、存在。

 完全にして──唯一であれ──。

「唯一とは、ただひとつであらねばならないのです」

「……堅物め」

 私は、初めて自らの存在に疑問を持った。

 なぜ神は──父は──私を唯一としたのか。なぜ、ただひとつであれと命じたのか。



 その夜、楼の体に病が見つかった。




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