二十年
楼は相変わらずだ。
私の世話、鍛錬、読書。笑いもしなければ泣きもせず、無愛想で無口な男。もうさすがに子供とは呼べないが、やはり相変わらずだ。
「楼、居るか?」
「ここに。いかがなされましたか」
「いやな、お前もそろそろ艶話のひとつでも持ってくる頃ではなかろうかと思ってな。いくらなんでも枯れすぎだぞ、お前」
「艶話、にございますか。ではひとつ」
「え、あるの? ちょっと待て、私を差し置いてどこでいつそんなことをしていた? 嫌だ結婚などするな楼! お前は私の傍に居ろと申したであろうが!」
「戯れにて」
……相変わらず、とは言ったものの。
少し可愛げがなくなったかもしれない。
「でもお前さあ、そろそろ子をなさねば家が潰れるのではないか?」
「弟の細君がすでに子を産んでおりますゆえ。ご心配には及びませぬ」
「お前弟など居ったっけ?」
「本当に人に興味がないのですね……」
「興味があるわけも覚えておるわけもなかろう。お前の弟が私に一撃入れたわけでもなし」
「仰るとおりで。……とにかく、これで私が亡きあとも跡継ぎには困っておりませぬ。繰り返しますが、ご心配なく」
「……」
「鉄仙様?」
「……お前も死ぬのか?」
「まあ、私も人の身でありますれば。いずれはそうなるでしょうな」
「い、嫌だ」
死ぬ? 楼が?
居なくなるのか。他と同じように。
まだたった千年も経っていないのに、そのうち居なくなってしまうのか?
「楼……楼ぅ……」
「な──」
楼が目を丸くする。
私は自分でもわけの分からない感情で胸が満ちて、それがせり上がってきて、わけが分からないまま涙が溢れた。
人が死ぬなんて当たり前のことなのに。今まで何万人もの死を見てきたのに。そのときは、なんとも思わなかったのに。
「死ぬな……死ぬな……」
「鉄仙様、まだしばらくは生きておりますぬえ、何とぞ悲しまないでくださいませ。それに跡継ぎも──」
「跡継ぎなどお前の代わりにはならぬ! 私はお前に死ぬなと言うておるのだ!」
泣きわめく私に、楼は戸惑っているようだ。いつも無表情のこいつが目を泳がせて口を歪めている。
しばらくしゃくり上げて泣いていると、楼はそっと私の頭を撫でた。髪を梳くように指をすべらせ、その手を私の頬に当てて涙を拭う。
「……無礼をお許しくださいませ。あまりにも子供のようでしたので」
「本当に無礼だなお前。だがまあ、許す。もうしばしこうして居ろ。良いな」
「承知致しました」
楼の手の感触。
あのとき、私を弱々しく殴った手。あの小さくて柔らかかった手が、今となっては私より大きくなり、固く筋張って。
まだ成長と呼ばれる範囲なのだろう。しかしそれがやがて老いという名前に変わる。
「……楼」
「はい」
「初めて下した命令、忘れては居らぬだろうな」
「……はい」
──お前はずっと私の傍に居ろ。
──片時も離れてはならぬぞ。
ずっと、ずっと。
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