十年



「楼! 起きよ起きよ起きよ! ほれ、さっさと起きんか!」

「起きております。……随分とご機嫌麗しく」

「当たり前であろう。お前も今日で産まれてから二十回目の初夏となるな」

「覚えておられたのですか。恐悦至極にございます」

「そのような世辞はどうだって良い。今日は酒を飲むぞ、楼。人は産まれた季節を二十回迎えれば酒が飲めるのであろう?」

「よくご存知で」

「む。それくらい知っておるに決まっているであろう。馬鹿にしておるのか?」

「いえ、決してそのようなことは。ただ……鉄仙様は人の世には無関心であらせられるとばかり」

「人の世になど興味はないわ。私の関心事はお前と酒が飲める、それだけだ」

「光栄なことにございます。しかし朝から日暮れまで一日中飲むというわけにもいきますまい。私にも職責がございますれば」

「堅物め。頭に石でも詰まっておるのか? 試しにその頭、割って中身を見てやろうか」

「お戯れを」


 楼は相変わらずだ。

 私の世話、鍛錬、読書。笑いもしなければ泣きもしない。

 しかし子供と呼ぶには大きくなった。私の背丈を抜かし、顔つきも精悍になったと言えばなったかもしれない。まあ、全体を見れば相変わらずというほかないのだが。

「では楼、本日は夕餉を共に食すことを許すゆえ、そこで酒を飲もう」

「心得ました」

 楼が齢二十になってようやく知ったというか、気づいたのだが。

 十年前、楼が家長になることについては様々な風当たりもあったようだ。家の中での権力争いだの遺産相続だの、私にはよく分からないいざこざが山ほどあったらしい。

 それらを全てねじ伏せるために、楼は法を学び政治を学び、学識をつけて誰にも文句を言わせぬようにしていた。夜半過ぎまで続く読書はそういうことだった。

 ……まあ、武の鍛錬の方は、本当にただの息抜きだったようなのだが。

 本当に。

 何が面白くて生きているのやら。

 とはいえ楼ももう大人と呼ぶに足る年齢。十年前の老人どももみな死んだ。楼が家長であることにいちゃもんをつける輩はもう居ないようだし、それはそれで善哉だ。

 ここまで一日が長く感じたことがあったろうか。日暮れまで時刻を数え、気もそぞろで夕餉の時間を待った。


「楼、まだか」

「もうじき出来上がりますゆえ、今しばしお待ちを」

「うんと豪華なものを作れよ」

「心得ております」

 炊事場で忙しそうにしている楼の背中に引っ付くようにして急かす。

 やがてふたり分の料理が出来上がり、私は暇なときにひとりで飲んでいた秘蔵の酒を持ち出した。

 楼の杯にそれを注いでやり、

「ほれ、飲め」

 とまた急かす。

「有難く」

 楼は機械人形より行儀のなった仕草で酒をあおり、少し噎せた。

「ははは。お前には強すぎたか?」

「いえ……なにぶん初めてなものですから、味が予想より濃く……」

「はははは」

 私も自らの杯を酒で満たして一気に飲み下す。

 ……美味いな。いつもと同じもののはずなのに。

「楼、飲め飲め」

 もう一杯。二杯。三杯。

 楼はみるみるうちに頬を紅くし、だんだん目の焦点が合わなくなってきた。この程度でここまで酔うとは、やはり人は弱い。力も弱ければ酒にも弱いときた。やはり救いようのない生き物だ。

「……美味、ですな」

「うん?」

「鉄仙様のご相伴にあずかる酒は、美味にございます」

「ふふふ。そうかそうか。ならばもっと飲め」

 思えば、私も酔っていたのかもしれない。酒だけではなく、この満ち足りた時間に。

 やがて楼がぱたりと倒れて眠りこけてしまい、私はその隣に行って一緒に眠った。

 目が覚めた頃には、すでに朝日が昇っていた。




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