一年
「お前が新しい世話役か」
「は。
前の世話役は早々に死んでしまったから、次の世話役は子供だった。歳は確か──十に至るか否かほどだったか。
この子供は、代々私の世話役をしてきた家柄の、所謂『家長』というものらしい。こんな幼子がでどうしてとも思ったが、前の家長であった父親が死んだ今、その長男であるこの子供が担ぎあげられた、という経緯のようだ。
産まれる順番で人生が決められるとは、いやはや。人の価値観は未だによく分からない。
「まあ、今は用はない。何かあれば呼びつけるゆえ楽にしていろ」
「は」
この子供のことは以前から見かけていた。
それもそのはず、私は代々この屋敷に軟禁されているのだから。人の言葉を使うならば『封印』か。広い庭も温かな布団もあるから文句はないが、何かと同じ顔ばかり見ることになるのは必然である。
本を読んでいるか、武の鍛錬をしているか。そのどちらかの姿しか見たことのない無愛想で無口な子供だった。
今も私が楽にしろと言ったら、遊ぶでもなく笑うでもなくひとりで庭に出て武術の練習を始めた。
人の辿り着ける場所など高が知れているというのに、よくやるものだ。馬鹿なのだろうか。
昼から夕方になる頃にようやく終わったかと思えばひと風呂浴びて、今度は私のために夕食を作って。
何が楽しくて生きているのだろう、この子供は。
「鉄仙様」
「うん?」
「お気に召されなかったでしょうか」
「何が?」
「夕餉、箸が進んでおられませぬようなので。精一杯努力したつもりだったのですが」
「ああ、別に。私は食べずとも死なんからな。味の善し悪しなどどうだって良いわ」
「左様にございますか。では、お体に何か不調でも?」
「そんなわけあるか。私は完全にして唯一なるものだ。不調も不具合もあるわけなかろう」
「失礼致しました」
夕食を終えると私の体を拭き、寝床を用意して自分は読書の準備をする。
「お休みなさいませ、鉄仙様」
「待て」
「は。何か」
「お前、父親が死んで悲しくはないのか? 子供とはもっとめそめそ泣きわめくものと記憶しているが」
「悲しいです。しかし──」
子供は、無表情のまま言葉を続けた。
「──私は母も亡くしておりますので。二度目ともあらば、慣れてしまいました」
「……」
「それに、今の私はこの家の家長にございますれば。泣き伏せるなどという贅沢は許されないのです」
「……」
「お休みなさいませ」
……本当に。
愛想のない子供だ。
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