第63話 娼館通りの激震

 公衆浴場を後にし、冒険者ギルドへの道を意気揚々とスキップするルイス。

 殺伐とした謎の雰囲気を携えた公衆浴場での居心地の悪さから解放され、これから子供達にドラゴンを見せ、称賛の嵐に包まれることを想像すれば、自然と今のようなスキップになろうというもの。

 どこからどう見ても、ルンルンといった表現になる。


 冒険者ギルドと公衆浴場を繋ぐ最短ルートは娼館が立ち並ぶ通り。

 通りの正式な名前はいつの間にか忘れ去られ、いつしか娼館通りと呼ばれるようになった通り。

 そんな場所をほぼ毎日通っているが、ルイスに声をかけた客引きはこれまでに一人もいない。


 よそ者がこの街に来て、最初に教えられること。

 それは「キュリー」という概念。

 キュリーの肖像画を見せられ、キュリーの人柄を教えられ、キュリーの強さを教えられる。そして、絶対に悪いことをするなと、物理的に耳が痛くなるほど教え込まれる。


 この街にも、警察のようなものがある。

 しかし、その存在意義は犯罪を取り締まるためではない。

 重大犯罪が起こっても、キュリーがいつの間にか解決している。

 では何のために警察のような治安維持部隊があるのか。


 軽犯罪者を、キュリーから守るためである。

 キュリーに捕まった犯罪者は裁かれる。キュリーによって。

 罪を犯した者がキュリーの目を見ると、なぜか尋常ではない悲鳴を上げるし、殺人でもしていようものなら、そのまま死に至る。


 立ちションのような軽犯罪ですら、キュリーに見つかると裁きを受ける。

 罪が軽ければ軽いほど、苦しむ時間は短いのだが、

 コンマ1秒でもあの苦しみを経験したものは、異常なほど罪を犯すことを恐れるようになる。

 経験のない者にその苦しみは分からない。しかし、この街に住んでいれば一度はあの悲鳴を聞いたことがある。ゆえに恐れる。

 そのため、誰も罪を犯さないし、それが当たり前になる。

 この街の治安維持部隊は、軽犯罪を犯した者をキュリーから守る専門組織である。


 娼館通りの客引き達に、キュリーを知らぬ者はいない。

 そして、最近できたというルイスという弟子の存在も、ほぼ全員が知っている。

 しかし、一人だけ弟子の存在を知らない客引きがいる。


 収穫量の減った村から移住してきて2日目の青年であり、まだキュリーを生で見たことも無い生粋の新人である。

 彼の雇い主は、ルイスのことを教えておくのをすっかり忘れていた。

 なぜなら、ドラゴンの媚薬を手に入れるため、新人教育などする時間が無かったからだ。


 そんな彼は今、一生懸命ルイスに声をかけている。


「可愛くておっぱい大きい子がいっぱいいますよ!」「今なら8人から選べますよ!!」


 一生懸命な彼とは対照的に、ルイスは浮かない表情を浮かべている。


「いや…僕は大丈夫です…」「もう…ほんとに大丈夫なんで…」


 ルイスの反応に、彼は戸惑う。

 若い健全な男であれば、ついつい付いて行ってしまう状況。

 そもそも、この道を歩く男はもう心が決まっていることがほとんど。

 あとはいかにして自分の店に引き込むかの勝負なのだが、目の前のルイスはなぜか戸惑っている。


 なぜだろうかと彼も戸惑っていると、ルイスがボソッと呟いた。


「…たたないし…」


 激震。

 彼はもちろん、耳を澄ませて聞いていた他の客引き達にも激震が走る。


 ほぼ毎日この通りを歩くルイス。娼館に興味津々な顔をしながら歩いていたのに、一度も入ろうという素振りを見せなかったルイス。

 全ての客引きが、キュリーの弟子という立場から来る我慢なのだろうと推測していたが、そうではなかったらしい。


 ルイスが普通の男ならば、大笑いして励ましていたことだろう。

 しかし、そんなことはできない。

 万が一ルイスと意気投合し名前を覚えられ、キュリーにまで情報が行くとどうなるか。

 娼館の客引きは犯罪ではないと胸を張ることはできるが、キュリーが良い印象を抱くことは無いだろうことは、簡単に想像できる。


 そのため、近づけない。

 まだこの街のことを知らない青年が、とんでもないことに巻き込まれていく予感がバリバリしていても。

 きちんと挨拶のできる良い子だと分かっているし、雰囲気の柔らかい一生懸命な性格の良い子だと分かっているが、助ける勇気がどうしても湧いてこない。

 周りの客引き達がハラハラしながら見ていると、青年が笑顔で口を開いた。


「たたなくても大丈夫です!なんか、とんでもない媚薬が入ったので!」

「…いや、色んな薬を試したんですけど、結局ダメでしたし…」

「とりあえずダメ元で一度試してみませんか?」

「…まあ、試すだけなら…」


 ルイスは考える。

 日本ではあらゆる精力剤やED治療薬を試した。

 しかし、一度も反応することは無かった。


 だがしかし、ここは異世界である。

 なんかこう魔法的な不思議パワーで、奇跡が起こるかもしれない。

 あれ?そう考えたらいけるんじゃない?

 そもそも体が変わってるし、たたないという思い込みだけなんじゃない?


「じゃあこれをどうぞ!」


 青年から手渡された錠剤を口の中に発生させた水で飲み込み、期待の視線を自らの股間に向ける。

 しかし、何の反応もない。


 ルイスはガッカリした表情を隠すことが出来ない。

 期待した。ものすごく期待した。

 しかし、ダメだった。


「なんか、ステータスが高い人とかは効くまでに時間がかかるって聞いてますんで、そこに座って待っててもらえますか?」

「…無駄だと思いますけど…」

「まあまあ、効かなかったらお金はもらわなくてもいいと言われているので、のんびりしていてください」

「わかりました」



 それから数分後、ルイスの股間は、圧倒的な威圧感を放っていた。

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