第61話 怯える子供達
キュリーが冒険者ギルドにドラゴンを運び込んだという噂は、一瞬で街を駆け巡った。
もちろん孤児院にも届き、ジェシカを筆頭に、孤児院の子供達は大挙して見学に向かっている。
しかし足取りは軽いものではなく、とぼとぼという表現が最も適しているだろう。
「母さん達のはしゃぎっぷり、凄かったね」
「な、髪振り乱しながら喜んでたもんな」
子供達は、先ほどのシスター達の様子を思い浮かべ、真顔で歩いている。
「私、怖かった」
日本であれば、今から小学生になろうかという年齢の少女が、地面を見つめながら小さく呟く。
母さんと呼ばれているシスター達が、なぜ小さな少女を心から怯えさせるほどの豹変ぶりを見せたのか。
孤児院のシスター達は、全員独身だ。
独身でなくなればシスターを辞め、孤児院から出るのだから当然だろう。
もちろん、これまで育ててきた孤児達がかわいいし気になるため、シスターを辞めても度々顔を出すし、シスターを辞めたい訳でもない。
それなのになぜ、シスター達は狂喜乱舞したのか。
シスター達は最年長でも20代後半。
最年少であれば、まだ高校生ほどの年齢。恋に恋するお年頃。
20代後半のシスターともなると、恋に憧れるという段階も終わり、男を狩る存在に変異していく。
そんなシスター達が、ドラゴンがどう使われるかを知っていれば、熱狂の渦に溺れるのは仕方ないことだろう。
そんな熱狂の渦に恐怖と危険を感じたジェシカは、子供達を理由の知れぬ恐怖から救うため、ドラゴンを見学するという理由を持って、冒険者ギルドに先導している。
冒険者ギルドに行けば、キュリーが守ってくれるだろうし、子供達も怯えなくても済むだろう。ルイスもいるし。
孤児院から冒険者ギルドに近づくにつれ、テンションの高い大人達がだんだんと多くなる。
いつもは優しく声をかけてくれるおばちゃん達の鼻息が荒くなっている。しかも、それを隠そうともしていない。
そんなおばちゃん達に「こんにちは」と声をかけられると、子供達は一様にビクッとし、恐怖を感じて泣きそうになってしまう。
「ジェシカ、怖いよ~」
泣きそうな顔でジェシカの袖をちょこんと掴む少女。
ジェシカは震える手で少女の頭を撫でながら、声をかける。
「大丈夫だ、キュリーばあが守ってくれるからな」
「ほんとに?キュリーさんもおかしくなってるじゃないの?」
少女の言葉に、ジェシカがハッとする。
確かに、ドラゴンの話を聞いてから、おかしくなった大人しか見ていない。
「だ、大丈夫だよ。キュリーばあが、おかしくなってる訳ねえよ」
「ほんとに?」
「大丈夫だ。私を信じろ」
「…分かった」
少女が不安そうな表情でジェシカを見上げる。
ジェシカは精一杯の笑顔を浮かべながら、少女の頭を撫でた。
ーーーーーーー
恐怖に耐えながら冒険者ギルドにたどり着いた子供達を迎えたのは、冒険者ギルドに行けば恐怖から解放されるという希望を木端微塵に打ち砕く、絶望だった。
これまでの道中が、まるで静かなさざ波だったと思えるような喧騒が、冒険者ギルドの周囲を包んでいる。
「速く!速くちょうだい!」
「いつになったら貰えるのよ!」
「落ち着いてください!販売は夜になってからです!」
「量は!?十分な量は販売されるの!?」
子供達は、一斉に泣き始めた。
ーーーーー
あれから数時間、子供達は冒険者ギルドの会議室にいた。
一斉に泣き始めた子供達を、自身も瞳を潤ませながらジェシカが必死になだめていると、冒険者ギルドの受付嬢が保護してくれたのだ。
受付嬢の鼻息も荒かったが。
会議室に入り、恐ろしい大人達から離れることが出来た子供達だが、まだ泣いている。
いつもだったら、「うえーん」と大きな声を出して泣きわめく子供達が、声も出さずにシクシクと泣いている。
そんな異常事態に、なだめて回るジェシカも、どうしていいか分からずオロオロするしかない。
そんな混沌とした会議室の扉が開き、キュリーが入ってきた。
いつもならどうでも良さそうに「よお」とでも言うジェシカだが、この状況では心底ホッとする。
「皆さん、なぜ泣いているんですか?だいたい想像できますが」
「…キュリーばあ、街がおかしい」
「ええ、そうですね」
キュリーの澄ました態度に、ジェシカは少し腹が立てる。
自分が恐怖に耐えながら、何とか子供達を連れてここまでたどり着いたにもかかわらず、いつも通りの落ち着いた表情で返答してくる姿に。
「なんでこんなことになってんだよ」
「あなたが知るには早すぎる理由です」
「いいから教えろよ!」
キュリーは考える。
教えてもいいんじゃないかと。
最近、ジェシカは二次性徴を迎えている。胸や尻が丸みを帯びてきたし、ルイスを色のある目で見ている。
であれば、教えても構わないのではないかと。
しかし、ジェシカが真実を知れば、媚薬を持ってルイスに突撃してもおかしくない。
そうなると、キュリーの計画に支障が出る可能性もある。
「教えるのは構いませんが、数日後に教えましょう」
「なんで今じゃねえんだよ!」
「私にとって、都合が悪いからです」
ジェシカは言い返そうとしたが、キュリーが微かに不機嫌そうな表情を浮かべたため、開きかけた口を閉じた。
キュリーを怒らせたら、死ぬほど怖いことを知っているからだ。
口の閉じたジェシカを見て、キュリーは思いついた。
ジェシカに媚薬の作成を手伝わせようと。
「ジェシカさん、数日後に教えると言いましたが、教えるには条件があります」
「なんだよ」
「これから、この騒動の原因となっている薬を作ります。それを手伝うことです」
「キュリーばあが原因なのかよ!」
「そうです。手伝いますか?」
「手伝わねえと教えてくれねえんだろ?」
「はい」
「じゃあ手伝う。でもその間こいつらはどうすんだよ」
ジェシカは子供達を目線で示す。
「男性の職員を付けましょう。女性よりは落ち着いているはずです」
「…分かった」
無愛想な職員がキュリーに連れられ、会議室に入る。ジェシカは職員と入れ替わりで会議室を出た。
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