第60話 悶々とするキュリー

 ドラゴンの亡骸が横たわり、その横にポーズを決めたルイスが立っている。

 ドラゴンというファンタジーの代表格を少し手間どりながらも倒し、いい気分になっているようだ。


 動かないルイスを見つめ、なぜ動かないのだと疑問に思いながら、キュリーはルイスに声をかける。


「帰りますよ」

「あ、はい」


 キュリーはくるりと体を回転させ、ダンジョンの出口に向かって歩き始める。


「あっつ」


 歩き始めているキュリーの後ろから、ルイスの声が響いた。


「どうしたんですか?」


 キュリーが振り返り、ルイスに声をかけると、ルイスが少し寂しそうに下を向き、熱を逃がそうと手を降っている。


「えっと、ドラゴンを持って帰ろうと思ったんですけど、思ったよりも熱くて…」

「なぜ持って帰るのですか?」

「え、ジェシカに食べさせてあげないと…」

「食べられませんよ」

「え?」

「私達なら食べられるでしょうが、ジェシカには無理でしょう」

「なんでですか?」


 驚いた表情を浮かべるルイスに、キュリーは優しく理由を教える。


「固いからです。一般人には噛むことも出来ません」

「そんなにですか?」

「はい、味も悪くありませんが、そんなにおいしくはありません」

「…え~」


 ルイスの顔がショックを受けた表情になる。

 なぜなら、ルイスはジェシカに自慢したいのだ。

 ファンタジーの代表格であるドラゴンを倒したぞと言って、すごいと言われたい。

 あわよくば、孤児院の子供達からもすごいと言われたい。

 故に、ドラゴンを持ち帰りたい。


「あ、でも、鱗とか何かの素材になるんじゃないですか?」

「なりますよ」

「じゃあ持って帰ってもいいんじゃないですか?」

「誰が加工するんですか?」

「え?」

「あなたが全力で蹴っても、全力の火魔法を放っても、傷ひとつ付かない物を、誰が加工するのですか?」

「親方ですか?」


 ルイスの全力の蹴り、全力の火魔法を難なく受けきる鱗だ。親方であってもどうにも出来ない。


「親方に出来る訳がないでしょう。それに、あなたにも出来ません」

「そうですか…」


 落ち込むルイスを見て、キュリーは少し罪悪感を覚えた。

 この街で自分だけが、ドラゴンの素材を加工出来る。

 事実、ルイスがずっと使っている、切れ味が悪すぎて棒としてしか使えない剣も、キュリーが大昔、ドラゴンの素材を加工して作成した物だ。

 そのため、どれだけ無茶な使い方をしても、ルイスのパワー程度では壊れることなどない。


 もっと使いやすい武器もたくさんあるだろう。それなのに、自分が作った使いづらい武器を愛用している。かわいらしいことではないか。

 改めてそう思ったキュリーは、加工するのが面倒くさいから、加工出来ることを隠していることに、罪悪感を覚えた。


「私が加工しましょうか?」

「えっ?」


 キュリーは、つい言ってしまった。

 ドラゴンを持ち帰ることを嫌がった理由は、加工が面倒くさいだけではないにも関わらず、持ち帰った後のことを考えれば、絶対に持ち帰らない方が良いにも関わらず。

 少しの下心を隠せなかった。


「ジェシカに見せたいのでしょう?」

「あ、はい…」


 ルイスは、自身の考えがキュリーに見透かされていることに、恥ずかしいと感じた。

 顔を赤く染め、体をモジモジとさせている。


「今回だけですからね」

「はい、ありがとうございます…」


 顔を赤く染めながら頭を下げるルイスを見て、キュリーは自身の鼻息が荒くなるのを感じた。

 ドラゴンを持ち帰れば、この街のほとんどの女性は自分のように鼻息が荒くなってしまうだろう。

 まあ、たまにはいいかと、

 まだルイスの魔法によって熱々のドラゴンを掴む。

 2人は、ドラゴンを引きずりながら、ダンジョンの外に出た。



 ーーーーー



 冒険者ギルドへの帰り道、ドラゴンを引きずる2人を見た住人は、1人残らず歓声を上げる。


「やったぜ!ドラゴンだ!」

「ドラゴンの日だ!」


 ルイスは照れながらも、投げ掛けられる歓声に嬉しそうに手を振っている。

 キュリーはそんなルイスを見て、またもや鼻息を荒くする。

 キュリーは思う。

 ムラムラする、と。


 男として好きかと問われると、別に好きではないと断言できる。

 人として好きかと問われると、別に好きではないと断言できる。

 性欲の対象としてはどうかと問われると、たまらない。


 恐ろしいほどのイケメンであり、身長も高く、細マッチョで、外見は完璧。

 そんな完璧な外見をしていながら、時折見せるモジモジとした情けない姿。

 もう、たまらないのである。


 キュリーが悶々と考え事をしながら歩いていると、いつの間にか人だかりがすごいことになっている。

 町中の人がドラゴンに歓声を上げているのだろう、見えない場所も含め、至る所から大歓声が上がっている。


 なぜこんなにも、大歓声が起こっているのか。


 ドラゴンの鱗を砕いた粉末は、媚薬になる。

 男にしか効かないが、丸一日理性を軽く吹っ飛ばしてしまう程の、強力な媚薬の原料になる。


 そんな媚薬をルイスに飲ませたら、いきり立つ息子を隠そうと、全裸でモジモジするだろう。

 そんな情けない姿のルイスを優しくリードしてあげる自分の姿を想像し、キュリーの鼻息がまた荒くなる。


 これから、夜を徹して媚薬の製造に入らなければならないだろう。

 キュリーがドラゴンを運んでいるのを目撃した住人達のことだ、明日の朝には強力な媚薬を求め、冒険者ギルドの入口に主に女性で構成される長蛇の列ができていることだろう。

 この街では、女性から男性にキュリー薬を渡すという行為が、愛の告白と同義だ。


 これまでは、街の人口を増やす目的で数年に1度の販売だった。

 キュリーにとって、これまではどれだけ周りが盛り上がっても、自分には関係無いイベントだった。


 しかし、今回は違う。

 生まれて初めて、もう何年生きているか分からないが、大人の階段を登ることになるだろう。


 これまでも関係を持とうとしたことはあった。

 しかし、その度に圧倒的なステータス差が邪魔をし、物理的に入らない。

 ルイスならば、そのステータス差を乗り越えてくるかもしれない。


 キュリーは、今夜の媚薬作りに本気を出すと決めた。




 ーーーーー



 あとがき


 無事に姪っ子が生まれました。

 妹の旦那も、底知れぬアホですが、アホなだけで普通に良い子でした。


 里帰り出産だったので、オムツを変えたり、ミルクを飲ませたりと子育てを手伝っていたんですが、

 世話をすればするほど可愛くなりますね。

 摩訶不思議です。


 最近、頼まれてもいないのに、赤ちゃん服を大量に買い込んでしまいます。

 誰かに貢ぐ人の気持ちが分かりました。


 我が子はもっと可愛いと色んな人から言われます。

 ということは、私が我が子を持つと、可愛い過ぎて死ぬんだろうと思います。


 以上、報告でした。

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