第59話 ドラゴンとの初戦闘

 ダンジョンの中の草原で、緑色のドラゴンとキュリーが対峙している。


 ドラゴンは体高だけでも7m、全長は20mはあるだろう。

 手が翼についており、いわゆる西洋系のドラゴンだ。


「では、お手本をお見せます」


 キュリーが少し離れた場所にいるルイスに声をかけるが、キラキラとした目でドラゴンを見上げ、「本物のドラゴンだ~」と、感嘆の声を漏らしているルイスには聞こえていない。


 そんなことはお構い無しとばかりにキュリーが地面を蹴り、ドラゴンの頭上に飛び上がる。

 ドラゴンが長い首を動かしてキュリーを追い、頭をキュリーに向け、噛みつこうとするが、優しく片手を口の先に置かれる。


 上半身を下にし、地面に対して逆さまの姿勢から、キュリーはドラゴンの頭を地面に蹴り下ろした。

 凄まじい轟音と砂煙をたてながら、地面にめり込んでいるドラゴンの頭を覆う硬い鱗はバキバキになっており、ドラゴンはピクリともせず絶命している。


「……かっこいいぃぃぃ!!めちゃくちゃかっこいいぃぃぃ!!」


 凄まじい速度でドラゴンを一撃で倒したキュリーに対し、ルイスからの一直線な称賛が飛ぶ。


 全力で拍手をしながら、絶叫ともとれる音量でかっこいいと連呼するルイス。

 その目にはすでに、キュリーに対する怯えは存在しない。

 まるで小さな子供が、ヒーローショーに狂喜乱舞している様だ。


「それほどでもありません」

「うおおぉぉぉ!死ぬほどかっこいいぃぃぃ!」


 惜しみ無い称賛を浴び、少し嬉しいのを必死に隠しているキュリー。

 謙遜の言葉がそれを如実に表している。


 数分が経ち、ルイスの興奮が収まり、キュリーもひとしきり気持ちよくなったころ、ルイスの目は決意に染まっていた。


「では、行ってきます」

「はい、お気をつけて」


 ルイスの決意、それは目の前にいる強敵をなんとか倒そうという決意では無い。

 キュリーのように、かっこよくドラゴンを倒してやるという決意だ。


 ルイスの視線の先には、まだ小さくしか見えないほど遠い場所にいるドラゴン。

 そのドラゴンに、ルイスは全力で駆け寄った。


 ルイスが発する轟くような足音に気づき、ドラゴンはルイスに向かって咆哮した。

 空気を揺らすような咆哮に少しも反応せず接近したルイスは、キュリーと同じようにドラゴンの頭上に飛び上がる。

 ドラゴンは頭を高速で動かし、ルイスを追いかけるが、キュリーと同じようなルイスの蹴りが、ドラゴンの頭に振り下ろされた。


 ガギッという生物を蹴ったとは思えない音を出しながら、ルイスは楽しそうな笑みを浮かべる。

 その顔は、今自分、めちゃくちゃかっこいいという表情だ。


「あれ?」


 しかし、ドラゴンの顔が地面に叩きつけられることは無く、ルイスに向かって怒りの咆哮を放つ。


 キュリーの動きを模倣し、同じようにかっこよくドラゴンを倒したかったのに、と考えながら、

 ルイスはもう一度ドラゴンの頭上に飛び上がり、同じように全力で蹴り下ろした。



 ーーーーーー



 10分が経ったが、ルイスはまだドラゴンの頭を蹴り下ろし続けている。

 何十回と蹴り下ろしているが、ドラゴンにダメージを受けた様子は無い。


 ドラゴンを軽く上回る速度で飛び回り、頑なに頭を蹴り下ろし続けるルイスに、ドラゴンの怒りは最高潮である。


 そんななか、キュリーは静かにルイスの戦いを見守っている。

 キュリーは思った。なぜルイスは剣も使わず、頑なに頭を蹴り下ろし続けているのだろうか。

 剣を使えば、一撃とまではいかなくとも、もっと速く倒すことが出来るだろう。


 キュリーの眉間に少しだけシワが寄る。


 あまりにも無駄な動きが多く、この街の冒険者達が総出でかかれば、半数ほどの犠牲で倒せるような雑魚である1階層のドラゴンごときを倒すのに、10分以上かけているルイスに小さく舌打ちをした。


 その瞬間、ドラゴンが凄まじい速度でキュリーを振り返った。

 まるで自分を狩ろうとしているライオンに気付いた、か弱い草食動物のように。


 ドラゴンの意識と視線がキュリーに向いた状態で、たまたまルイスの蹴り下ろしが、ドラゴンの眼球を抉りとるようにクリーンヒットした。


 眼球が抉りとられた痛みに、ドラゴンは今までのような怒りの咆哮ではなく、痛みに悶えるような咆哮をあげ、目があったであろう位置から血が混じった体液を撒き散らしている。


 しかし、ドラゴンはそんな状態になりながらもキュリーに対する警戒を解いてはいない。


 やっとドラゴンにダメージが通ったか、とキュリーはイライラしていた感情を霧散させたが、一度絶対強者を意識してしまったドラゴンに、絶対強者を警戒しないという選択肢は存在しない。


「うわっ、ズボンまでぐちゃぐちゃだ」


 そんなドラゴンの様子に気づかず、ルイスは自分のズボンと靴に意識を向ける。

 空中でピッピッと足を振ってみるが、ズボンと靴に付着したドラゴンの血液が混じった体液がとれることは無い。


「もう捨てよっかな」


 一気にテンションが下がり、ドラゴンを蹴り下ろしてかっこよく倒そうという気分でもなくなったルイスは、

 剣をドラゴンの目に射し込み、一人言のような小さな声量で「ファイアウォール」と唱え、剣先から出現した巨大な炎で、ドラゴンを体の内側から焼き尽くした。

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