第58話 キュリーの八つ当たり

 斧を背中に担ぎ、受付カウンターの前でルイスを待っているキュリー。

 その目には、何の感情も感じられない。


 年齢不詳の純粋な乙女は、空中の一点を見つめている。

 一体何を考えているのだろうか。


「すみません、おまたせしました」

「ええ、待ちました。着いてきなさい」

「はい」



 2人が進む先は冒険者ギルドに隣接する空き地。

 冒険者ギルドが所有している訳では無いが、いつの間にか冒険者の修練場と認識されている場所だ。

 何もない空き地を見回し、ルイスがキュリーに対し、諭すように口を開いた。


「ここはダンジョンじゃないですよ?」


 当たり前だ、ここにはダンジョンへの入口など無い。

 子供にでも注意するような口調で言われ、キュリーの眉間に皺が寄る。


「ここは修練場です。あなたがミノタウロスと戦えるかどうかを確かめます」

「え?ステータスを見れば分かるんじゃないですか?」


 その通りだ。

 別にわざわざキュリーと戦い、力を見せなくとも、ステータスを見れば戦闘力は分かる。


 キュリーはルイスの問いかけを意図的に無視し、口を開いた。


「構えなさい」

「でも、キュリーさんを攻撃するなんて出来ません」

「ではこちらから」


 キュリーの姿が一瞬にして消えた。



 ーーーーーー



 以下、たまたま修練場に居合わせた冒険者が知り合いの冒険者に語る、キュリーと弟子の修行の様子。



「おれ、キュリーさんの弟子になりたいって言ってるじゃん?」

「毎日言ってるな」

「やめる。身の程を知った。俺には無理だ」

「なんだ突然」

「昼間に偶然見たんだよ、キュリーさんと噂の弟子の修行」

「弟子って、あれか?B級ダンジョンで、殺戮闘牛を一瞬で叩きのめすっていう化物だろ?」

「そう、それそれ。凄かった」

「そんなに強いのか、あの弟子」

「いや、強いとか弱いとかの話じゃ無かった。根性なんだよ。キュリーさんの弟子に1番重要なのは実力じゃない。根性だ」

「まあそれも大事だろうけど…」


 仲間の冒険者は濁った酒を口に含み、よく分からないといった表情ではあるが、目で話の続きを促した。


 それに応え、修練場で見た光景の詳細を語り出す冒険者。


「まず一瞬でキュリーさんが弟子をボコボコにするだろ?まあ、それは速すぎて見えないんだけど」

「さすがはキュリーさんだな」

「で、キュリーさんがすかさず治癒魔術で治す訳よ」

「キュリーさんは治癒魔術も一流らしいってのは、俺も聞いたことがある」

「うん、でな、弟子が立ち上がると同時にまたボコボコにする。で、治すの無限ループよ」

「…まじかよ」

「弟子は途中から必死で逃げ出そうとするんだけどよ、逃げられねぇんだよ」

「地獄じゃねぇか」

「ああ、そんな修行を二時間くらい続けてた」

「…弟子、可哀想だな」

「だよな…俺は地道に鍛えることにするよ」

「それがいい。わざわざ自分から地獄に飛び込む必要はねぇよ」

「ああ」


 目撃者の知り合いの冒険者は、ある一定の水準を越えた実力を持つ超越者の修行内容に戦慄を覚え、寒くもないのに身体を震わせながら、弟子のその後を想像した。


「弟子は今頃、疲労困憊で寝てるだろうな」

「いや、そのまま2人でA級ダンジョンに行った」

「…まじかよ」

「弟子、可哀想だよな」



 ーーーーーー



 ルイスは隣に立つ絶対強者に怯え、身体を震わせながら、A級ダンジョンの入口に立っている。


 その表情には、いつものノホホンとした様子は感じられない。

 ただただ絶対強者の意識が自分に向かないよう、身体を小さくし、目立たないようにしている。


「ルイスさん」


 ルイスは1度ビクッとし、怯えた様子で返事をした。


「は、はい」

「あなたの戦闘力ではミノタウロスは無理です。しかし、A級ダンジョンのドラゴンならいけると思いますよ」


 スッキリとした表情で柔らかな口調でルイスに語りかけるキュリー。

 その声は、不出来な弟子を成長させようと努力する模範的な師匠の声色に他ならない。


「ご、ごめんなさい」

「なぜ謝るんですか?ドラゴンを倒せるだけでも十分素晴らしい実力だと思います。喜んでもいいですよ?」

「えへっ、う、うれしいです」

「では、行きましょうか」

「…はい」


 2人はA級ダンジョンに入って行った。

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