第56話 ルイス激怒
鍛冶工房の床で目が覚めたルイスが辺りを見回すと、兄弟子達がまるで死んでいるかのように眠っている。
ルイスは一瞬ビックリした後、全員の呼吸があるのを確かめ、少し離れた場所に置いてある回復薬を飲み、鍛冶工房を出た。
向かう先はダンジョンだ。
デスマーチの途中、親方にジェシカの事を聞くと、親方がダンジョンで牛を狩り、ジェシカに渡してくれていたらしい。
そのため、安心して金槌を振り続けていたのだが、やはり丸3日会っていなければ少し心配になり、少し様子だけでも見てみようという気分になった。
それに、ちょっとだけレベル上げもしたい。
鍛冶をすることによって鍛冶士ジョブのレベルが少し上がっているが、魔物を狩るよりも効率が悪い気がする。
ルイスはそう考え、ダンジョンに向かった。
まだルイスがダンジョンに着くよりも少し前、
ダンジョンの前では、ジェシカと親方が黙々と焼き肉を口に運んでいる。
イライラした表情を隠そうともせず、ジェシカが親方に対し、刺々しい口調で口を開いた。
「いつになったらおっちゃんが来るんだよ」
「あと4日だ。何回目だよ、その質問」
「4日って、もう3日もハゲと飯食ってんだぞ?虚しいったらねぇよ」
「うるせぇぞ、黙って食え」
「はあ~あ、何が悲しくてハゲと2人で仲良く飯食わねぇといけねぇんだか」
「このクソガキが…ぶっ飛ばすぞバカ野郎」
「バ~カ、孤児院の子供に手なんか出してみろ、キュリーばあが黙っちゃいねぇぞ」
「…悪知恵ばっかり蓄えやがって…ろくな大人にならねぇぞ」
「バカ言うな、確実にハゲよりは頭良いからな」
「くぁ~、腹が立つ~!」
「黙って食えハゲ」
「…お前、いつかぶっ飛ばすからな」
2人がそんな会話をしているとは露知らず、ルイスは鼻唄混じりでダンジョンに到着した。
「あれ、親方来てたんですね」
「ん?おお、寝てなくて大丈夫なのか?」
「はい、3日間寝てないだけで体を動かして無かったので、疲れては無いですし」
「ん?鍛冶してただろう」
「しゃがんで金槌振ってるだけじゃないですか。運動したうちに入らないですよ」
「…ん?」
親方の目が驚愕に染まるが、そんな親方の存在を無視するかのようにジェシカが親方の横を通り抜け、ルイスに飛び付いた。
まるで久々に会った父親に抱っこをねだる幼い子供のようだ。
「おっちゃん!」
「おお~、久しぶり」
飛び付いてきたジェシカを抱き止め、片手でジェシカの頭を撫でるルイス。
「おっちゃん臭くない?もう3日お風呂に入ってないんだけど」
「ううん、全然」
「じゃあいいけど」
ルイスに恋する乙女であるジェシカにとって、ルイスがどれだけ臭かろうと、それは幸せの香りに他ならない。
例え常人であれば気絶してしまうような悪臭を放っていても、全力でその悪臭を堪能するだろう。
ルイスの体臭で胸をいっぱいにしながら、ぐりぐりとルイスの胸に顔を埋めるジェシカの頭を優しく撫で、ルイスは柔らかな笑顔を浮かべる。
ルイスに抱き締められ、幸せを身体中で感じているジェシカは、ルイスの腹がグルグルととんでもない音を発しているのに気がついた。
「おっちゃん腹減ってんの?」
「あ~、うん。そういえば減ってるかも」
「じゃあこれ食べていいぜ」
「え、でもこれ親方のでしょ?」
「ハゲはもう腹いっぱいなんだって」
「ハゲ?」
「うん、このハゲ」
ルイスの腕の中で親方を指差すジェシカ。
そんなジェシカを見つめてイラッとした表情を隠すことなく、親方は口を開いた。
「剃ってるだけ…」
「ハゲって言うな!」
親方の言葉を遮り、ルイスがまるで猛獣の咆哮のような大声でジェシカを怒鳴る。
「え?」
初めて見る激怒したルイスに、ジェシカはもちろん、親方も困惑した表情で固まった。
「ハゲになりたくてなったんじゃない!
毎朝毎朝枕を見るたびに絶望に叩き落とされる気分が分かるか!
なけなしのお金を全て発毛剤につぎ込む気持ちが分かるか!
全然仲良くない人達から陰で「あのハゲ」って呼ばれる気持ちが分かるか!
初対面の人の目線が頭に向くあの瞬間の気持ちが分かるか!
シャンプーをするのに恐怖を感じる気持ちが分かるか!
どうやっても生えてこない髪の毛を本気で呪ったあの気持ちが分かるか!
真剣に神社でお百度参りをする気持ちが分かるか!
神なんていない!
髪の神がいれば!あの絶望を味わうことも無かったんだ!」
まるで自分がハゲているかのように、狂乱して怒鳴り散らすルイス。
親方は思った。
お前、フサフサじゃん。と。
「お、おっちゃん?」
その感情はジェシカも同じである。
白に近いキレイな金髪を振り乱し、普段の優しげで気の抜けた表情を一変させ、目から涙を流しながら吠えているルイスの姿に、ジェシカは非常に困惑した。
なぜルイスがここまで怒っているのか全く分からない。
見るからにフサフサの髪の毛を持ちながら、髪の毛を失った絶望を語るルイス。
ジェシカはどうにかなだめるために口を開こうとしたが、ジェシカが口を開く前に、ルイスはジェシカを地面に下ろし、凄まじい速度で走り去っていった。
ルイスの摩訶不思議な行動を理解出来ず固まる2人の間には、鉄板の上で真っ黒に焦げた牛肉が踊っていた。
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