第54話 突然の業火

 手に鉄の棒を握り、ニコニコとしたルイスが親方に近づく。

 親方は浮かない表情でその姿を見つめ、無理矢理笑顔を作る。


「今日のも自信作なんですよ」

「そうか、よく出来てるぞ」


 全く成長の感じられない鉄の棒を受け取り、諦めた顔でルイスを褒めた。

 そんな親方の表情を感じ取ること無く、ルイスは満面の笑みで頷き、口を開いた。


「あと、魔力を込めてみてください。びっくりしますよ」

「…属性付与か?」

「知ってるんですか?」

「俺も属性付与のスキルを使えるからな」

「びっくりさせようとしたんですけど」


 ルイスの最後の言葉に返事を返すこと無く、親方は素直に魔力を流した。


 その瞬間、鉄の棒を包む様に薄い炎が発現している。

 鉄の棒に火属性を付与したのだろう。


 属性付与スキルは鍛冶士ジョブLv40で獲得出来るスキルであり、そこまでレベルが上がる才能を持った者など、親方は自分以外に会ったことが無い。

 自分はこの属性付与というスキルを使えるおかげで、鍛冶士として大成出来たし、母国では筆頭鍛冶士という役職に着くことも出来た。

 属性付与スキルが無ければ、嫁と出逢うことも無かっただろうし、息子が産まれることも無かっただろう。


 しかし、明らかに鍛冶の才能が無い者ではなく、必死に努力している、才能ある鍛冶士に獲得してほしい。

 ルイスも必死に努力しているが、あまりにも才能が無い。


 親方はため息をつきながら無理矢理笑顔を作り、称賛する言葉をかけた。


「出来るだろうとは思っていたが、やはり獲得出来たか。すごいぞ、ルイス」

「ありがとうございます」

「しかしな、属性付与で火属性を付与するのはあまり良くない」

「そうなんですか?」

「ああ、熱で剣が曲がる」

「なるほど」

「属性付与をするのは土属性一択だ。純粋に剣の硬度が増すし、無駄な副作用も無い」

「でもかっこよくないですか?炎の剣」

「かっこいいが、使い勝手が悪い。次からは土属性を付与するようにしたほうがいい」

「でも、切りながら焼肉が出来ますよ」

「剣で切る間の短い時間で、肉は焼けない」

「魔力を大量に込めて、大火力にすればいけますよ」

「表面が焦げるだけで、中は生のままになるぞ」

「う~ん、でもかっこいいじゃないですか」

「次からは、土属性を付与するように」

「…はい」


 ルイスは明らかに不満な表情で返事をした。

 納得していない訳ではない。


 せっかくかっこいい剣が出来上がり、それをルンルンで見せたのに、最適解はこうだからこうしなさいと言われた。

 ルイスは別に、強い剣を作りたいのではない。

 かっこいい剣が出来たから、嬉しくなっただけだ。



 ーーーーーー



 数日後、代わり映えのしない鉄の棒を持ち、ニコニコとしているルイスが、親方の前に立っている。


 結局1度も土属性を付与した鉄の棒を作らなかったルイスに、諦めた雰囲気を隠そうともせず微笑む親方。


「ちょっと魔力を流してみてください」

「…分かった」


 属性付与をした剣に魔力を流す感覚で魔力を流した親方だが、鉄の棒は何の反応もしない。


「もうちょっと多く流してみてください」

「多く?」

「はい」


 親方が多めに魔力を流すこと数秒、鉄の棒から大量の炎が飛び出し、背丈の何倍もの高さに立ち上ぼった。


「うわあああぁぁぁ!!」

「かっこいいですよね」

「びっくりしたぁ!!」

「ファイヤーウォールの魔術を付与してみました」

「止まれ!おい!止まれぇ!」

「自分で使う時と同じMPを流さないと発動しないので、一気に叩きつけるように魔力を流さないといけないっぽいので、とっさに発動するのは難しいんですよね」

「どうやって止めるんだよぉ!」


 ファイヤーウォールが発する轟音に書き消され両者の声はお互いに届いていない。

 しかも、2人の間にファイヤーウォールが発動しているため、両者の様子がお互いに分からない。


 ルイスはドヤ顔で説明しているし、親方は目の前で炎が燃え盛っている状況に、喚き散らしながら取り乱している。


 10秒ほど燃え盛ったファイヤーウォールが収まり、防火仕様の天井と壁のおかげで火事にはならなかったが、親方の目は怒りを携えている。


「…おい、ルイスゥ、お前何考えてんだぁ?」

「え、こわっ」

「何考えてんだって、聞いてんだよぉ」

「えっと…魔術付与っていうスキルを覚えたんで、どうせなら親方をびっくりさせようと兄弟子達に言われまして、説明無しで使わせろって言われました。火事にはならないからと」

「…はぁ?」

「皆さんあそこから見て笑ってます」


 ルイスが親方の背後を指差し、親方がその方向に振り返ると、ニヤニヤとした顔で親方を眺めるいい年をしたおじさん達がいる。


「おい…こっちこいバカども」


 親方が怒りに震える声で呼び掛けると、全員口を大きく開け、爆発するように笑い始めた。

 その姿を見た親方の額に、何本もの青筋が浮かぶ。


「こっちに来て並べぇぇぇ!!!」



 鍛冶工房からは、何時間にも渡って怒鳴り声が響いていた。

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