第51話 キュリー信仰

 次の日、冒険者ギルドの寮で目を覚ましたルイスの横には、ジェシカが眠っている。

 昨日の夜、眠ったままのジェシカを、キュリーがルイスの部屋まで連れてきたのだ。

 少し出掛けるから、様子を見ておいてくれと。

 キュリーは親方に会いに行くのだと気づいたルイスは、黙ってジェシカを自分の横に寝かせた。


「ジェシカ、起きて」

「ん?んうぅ~」

「おはよう」

「おっちゃん?おはよ」


 ジェシカはしっかりと目を覚ましたが、ベッドに横になったままルイスからの質問に答え始めた。


「昨日のキュリーさん、怖かった?」

「…死ぬほど怖かった。突然怖くなって、気がついたら今って感じ」

「え?でも、怖くねぇしって言ってたよ?」

「…覚えてない」

「…限界を超えた恐怖に、記憶を消したってことなのかな?」

「わかんねぇ」

「そっか」



 ルイスとジェシカは朝の準備を済ませて寮出て、冒険者ギルドの受付を見たが、キュリーはいなかった。

 そのため、いつも通りダンジョンに向かい、ジェシカとの昼食と勉強を済ませたルイスは、鍛冶工房にやって来た。


 親方の安否が少し気になるが、死んでいるということは無いだろう。

 ルイスは鍛冶工房の扉を開けた。


 鍛冶工房に入ると、親方の姿は無く、親方とそう歳の変わらない他の弟子達が、汗だくで金槌を振るっている。


「おはようございま~す」


 ルイスの声に気づいたのは1人だけ。

 その1人は、ぶっきらぼうな感じで、返事をする。


「おう」

「あの、親方は?」

「今日は来てねぇな、家にいるんじゃねぇか?」

「分かりました、家に行ってみます」

「おう」


 鍛冶工房から、親方の家に繋がる扉を開け、親方の家に入ったルイスの目に映ったのは、親方の妻であるナンシーと、並んでお茶を飲んでいるキュリーの姿だった。


「おはようございま~す、入りま~す。あ、キュリーさんにナンシーさん、おはようございます」

「ルイスさん、おはようございます」

「お帰りなさい、ルイス君」

「ただいまです。親方はどうしたんですか?」


 ルイスの問いに、親方の妻であるナンシーが答える。

 キュリーは、静かにお茶を飲んでいる。


「ちょっとキュリー様に怒られちゃって、まだ寝てると思うわ」

「…キュリー様?」

「ええ、昨日の夜のキュリー様は、神々しい魔力を放ちながら、旦那を威圧したの」

「…はい?」

「旦那が羨ましいわ。私もキュリー様の魔力に包まれて眠りにつきたいのに」

「…えっと、ナンシーさん?」

「キュリー様、私にもどうか御慈悲を」


 ナンシーはそう言って床に跪き、キュリーに向かって頭を下げた。


「…あの、キュリーさん?どういう状況なんですか?これ」

「見たままです」

「いや、分からないんですけど…」


 二人の会話にナンシーが口を挟む。


「ルイス君、キュリー様は私にとって神なの。私と息子の命を救って下さったのだから」

「はあ…」

「ルイス君も感謝した方がいいわ。昨日の朝、帰って来ないルイス君を心配なさって、ダンジョンを隅々まで走り回ってお探しになられたそうよ」

「え?そうなんですか?すみません。ありがとうございます」

「いえ、かまいません」

「だから怒ってたんですね」


 わずかにキュリーの眉間にシワが寄る。

 ルイスの言い方に、イラッとしたのだ。

 キュリーは、こいつはバカだ。最初からバカだったじゃないか、バカにイラついても意味は無い。と自分に言い聞かせ、真顔に戻った。


「私も人間ですから、感情はありますよ?」

「はい、そうですよね。すみません」


 キュリーの自分は人間宣言に、キュリーの横に座るナンシーが待ったをかけた。


「キュリー様、あなたは神です」

「いえ、違います」

「なにをおっしゃいますの!?キュリー様が神で無ければ、私は何を信仰すればいいのですか!?」

「神を信仰すればいいのでは?」

「ですから神を信仰しているのです」


「あの~、僕は工房に戻りますね?」

「はい、どうぞ」

「では、失礼します」


 神です。神ではありません。という押し問答を聞きながら、ルイスは鍛冶工房に戻った。

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