第42話 刀

 斧でのレベル上げの次の日、キュリーに斧を返却し、ルイスは公衆浴場に来ている。


 今日は少し遅い時間に来てしまったため、いつもよりも混んでいる。

 そんな混んでいる公衆浴場の湯船には、そこだけポッカリと穴が空いているように、人々が近づかない空間がある。

 ルイスの周りだ。


 ルイスが辺りを見回すと、数人が明らかに目を逸らす。

 何十人もいる入浴客のうち、大多数は会釈をしてくるし、数人は明らかに目を逸らす。

 ルイスはなにがなんだか分からないまま、とりあえず周りの人達について考えることをやめた。

 これまでも関わってこなかったのだから、別にどういう関係になってもいいかと思ったのだ。


 ルイスは湯船に浸かり、上を向きながら、自身のユニークスキルである、転職条件閲覧を発動した。


 ここ最近、転職条件閲覧に、どんどん新しいジョブが表示されるようになってきた。

 ルイスは、その全てがおそらく上級職ではないかと考えている。

 正しくは中級職だが。

 しかし今のルイスに、上級職では無く、中級職だと知るすべは無い。


『??? 剣士Lv30+戦士Lv20Lv弓士Lv10 刀で岩を両断する』


 下級職のレベルを多数上げてきていたことによって、ユニークスキルである転職条件閲覧の発動条件が1つ明らかになった。


 転職条件閲覧スキルは、目で見た者が現在ついているジョブの、転職条件を見ることが出来るようになるが、

 他のジョブのレベルを上げることで、つけるようになるジョブの場合、該当する全てのジョブが必要レベルを越えていれば、そのジョブについている者を見ていなくとも、

 もう1つの転職条件を確認することが出来るのだ。


 そのため、転職条件閲覧スキルに、新たなジョブが表示されるようになった。


「刀って、侍とか?」


 岩を両断するとだけ書かれていれば、何かのジョブだろうとなるが、刀でという条件がついているならば、侍的なジョブだろうと、ルイスは予想している。


 口に出してみれば、それしかないような気がする。

 これは、キュリーに刀を借り、すぐにでもこのジョブを解放出来るのでないか。

 ルイスは湯船から上がり、冒険者ギルドに戻った。


 いつも通り受付に座るキュリーに声をかけ、刀を借りられないか尋ねるルイス。

 しかし、キュリーは刀を持っていないらしい。


「かたな、とは何でしょうか?」


 持っていないどころか、キュリーは刀すら知らなかった。

 ルイスは、身振り手振りを交えて説明したが、それでもやはり、キュリーは知らないらしい。

 それでもルイスは諦めきれない。


「では、どこかに売ってないですか?」

「売っていないと思います」

「どうにか手に入れられないですか?」

「鍛冶士の方に作ってもらうしかないと思います」

「なるほど」


 確かに、無いのなら作ればいい。


「鍛冶士の方を紹介してもらえませんか?」

「分かりました。では明日の朝、また声をかけてください。それまでに話をしておきます」

「ありがとうございます。お手数おかけします」


 ルイスは頭を下げ、冒険者ギルドに併設されている食堂で食事を取り、自室に戻った。



 次の日の朝、ルイスはキュリーと並んで街を歩き、とある鍛冶工房の前に来ている。


「では、私は失礼します」

「あ、はい、ありがとうございました」

「いえ」


 キュリーは冒険者ギルドに戻り、ルイスは工房の中に入った。


 工房の中では、まだ朝だというのに、金槌を金属に叩きつける音が響いている。


「すみませ~ん」


 ルイスは音のする方に声をかけるが、金槌の音がやむことはなく、ルイスの声が聞こえているとは思えない。

 近づかないと聞こえないのだろうと判断したルイスは、奥に進むことにした。


 音がする方に近づくと、むわっとした熱気がルイスの体を包んだ。

 数人が固まって、燃え盛る竈の前で何かをしている。

 その中の1人がルイスに気づき、金槌を金属に叩きつけている人物に声をかける。

 その人物はルイスを見ると、別の者に金槌を渡し、ルイスに声をかけた。


「キュリーさんから聞いてるぞぉぉ!変な武器を作ってほしいんだろぉぉ!?」

「はぁぁい!そうですぅ!とりあえず!ここから移動しませんかぁぁ!」

「そうだなぁぁ!こっちにこぉぉい!」

「はぁぁい!」


 工房の奥に向かう鍛冶士の後にルイスも続き、応接室のような様相の部屋に入った。


「まあ座れ」

「あ、はい、失礼します」


 向かい合わせに設置してある、2つのソファーの片方に座り、少し小さくなったルイスを、鍛冶士が見つめ、問いかけた。


「で?」

「え?」

「オーダーメイドの武器が欲しいんだろ?」

「あ、はい」

「キュリーさんの紹介だからな、話だけは聞いてもいいが、受けるかは別だ」

「あ、はい」

「なんだお前?馬鹿にしてんのか?」


 鍛冶士の眉間に皺が寄り、明らかに不機嫌な表情になっている。


「え?」

「だから、どんな武器が欲しいのかって聞いてんだよ!さっきから、はいとえ?しか言ってねぇじゃねぇか!」

「す、すみません!」

「だからぁ!どんな武器が欲しいのかって聞いてんだよ!」

「か、刀が欲しいです!」

「最初からそう言え!」

「は、はい!」

「で?俺もその刀ってのは知らねぇ、どんな武器なんだ?」

「えっと…」


 ルイスは目の前に座る鍛冶士に怯えながら、刀について知りうる限りのことを説明した。

 知りうる限りといっても、形しか知らないが。


「どうですか?」

「その形の剣を作ることなら出来る」

「あ、良かった。ありがとうございます」

「でもなぁ、本当に形を似せるだけになるぞ?」

「はい、とりあえずそれで作ってもらえればと思うんですけど…」

「それでいいなら作るが…」

「よろしくお願いします」

「分かった。じゃあ1週間後に顔を出してくれ、そこで1度形を見せる」

「分かりました。よろしくお願いします」

「ああ」


 ルイスは見送られることも無く、鍛冶工房を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る