第36話 ジェシカの1日
次の日、ジェシカはいつも通りの時間に、B級ダンジョンの入口に到着した。
ダンジョンの入口といっても、入口から5,60mほど離れている。
ダンジョンの入口のすぐそばで焚き火をしながら肉を焼いていれば、他の冒険者の邪魔になってしまう。
そのため、出来るだけ離れた、開けた場所で、ルイスを待っている。
この待つだけの時間も、悪くない。
ルイスはいつも、切り分けた牛肉を持って出てくる。
昼食に適した、ルイスとジェシカの好きな部位を持って。
始めのうちは、色々な部位を持って出て来ていたが、今ではロースとサーロイン、それにレバーだけになった。
ルイスはレバーさえあれば良いらしいが、ジェシカの好みに合わせて、ロースとサーロインを持って出てくる。
そんな優しいところも好きだ。
しかし、ジェシカは思う。
どれだけレバーが好きだと言っても、生で食べることは無いだろう。
ルイスは、焼いたレバーはあまり好きではないらしい。
生だからこそ、うまいらしい。
ジェシカには理解出来ない嗜好だ。
でも、いつかは自分も美味しく食べられるようになりたい。
ルイスが好きなものだから。
いつの間にか定位置になっている、椅子代わりに使っている岩に座って、ぼんやりとルイスの事を考えていると、ルイスがいつも通り、ばかでかい肉の塊を持って、ダンジョンから出てきた。
その姿を見て、少しだけ速くなった胸の鼓動が煩わしい。
ジェシカを見つけ、笑顔で駆け寄って来る姿さえ、かっこよく見えてしまう。
「おはよ~」
「おう」
これだけの会話で、嬉しくなってしまう自分が怖い。
「じゃあ、これお願い」
「おう、今日もレバーは焼かないんだろ?」
「うん、やっぱりレバーは生じゃないとね」
「ふ~ん。あ、火だけ頼む」
「オッケー」
「よし、ついたな」
「うん、じゃ、行ってきま~す」
「おう」
ルイスは、台車に肉を置いて、さっさとダンジョンに戻ってしまった。
出来れば、ずっとここに居て欲しい。
しかし、頑張っているルイスを見るのも悪くない。
ルイスがダンジョンに入って数分、ダンジョンの入口を見つめ続けていたジェシカは、焚き火の上に、小さな鉄板を用意する。
この鉄板は、キュリーに頼み、用意してもらった物だ。
代金はルイスの預金から出ているが、ルイスに出来るだけ美味しく食べて欲しいという思いから、ジェシカが用意した物。
鉄板をセットしたジェシカは、肉の塊をスライスして、食べやすいサイズにする。
やはり肉は、何度食べても美味しいし、美味しそうに食べているルイスの見るのも、嬉しくなる。
毎回、味なんて変わっていないだろうに、ルイスは、美味しい美味しいと言いながら食べる。
やはり、自分が準備をした食べ物を、美味しいと言ってくれるのは嬉しいし、その相手がルイスなら、もっと嬉しい。
ジェシカは、美味しいと言いながら食べるルイスを想像し、笑顔を浮かべながら少し手を止めた。
止めたというよりも、止まったというほうが正しい。
ジェシカが肉を切り終わった頃、ルイスがダンジョンから出てきた。
「ヤッホー」
「おう、お疲れ」
「あんまり疲れてないけどね」
そのままルイスの手が、ジェシカの頭をわしゃわしゃと撫でる。
頭を撫でられるのは嬉しい。
しかし、子供を可愛がるようなルイスの表情に、寂しい気持ちになる。
「食べようぜ」
「そうだね、運ぶよ?」
「おう」
ルイスが、スライスしてある肉を鉄板の側まで運ぶ。
皿はまだまだある。
ジェシカも共に、台車の上にある皿を、鉄板の側まで運ぶ。
二人で同じ事をしているというだけで、楽しくなってしまう。
まだルイスは皿を運んでいるが、ジェシカは先に肉を鉄板に載せ、焼き始める。
じゅうじゅうと音を立て、色が変わっていく肉。
「お~、うまそ~」
「もうちょっと待てよ、すぐに焼けるから」
「腹減ってきた~」
ルイスは、子供っぽい。
感情がすぐに顔に出るし、言動もそうだ。
しかしジェシカには、それがルイスの素なのか、それともジェシカという子供の前だからなのか分からない。
だから不安になるし、少し寂しくもなる。
「美味すぎー!」
「大げさだって」
こうやってすぐに笑う。
美味しいと言って笑い、ジェシカの話を聞いて笑う。
そんな笑顔も大好きだ。
「ごちそうさまでした」
「はいよ」
食べ終わった後、ルイスは少しだけのんびりする。
食後にすぐ運動をするのは、あまり良くないらしい。
胃の中の肉が消化されるのを待つ時間が、ジェシカの勉強時間だ。
きっかけは何だったか、ルイスからだったような気がする。
突然、「勉強ってどんなことしてるの?」
と聞いてきて、「勉強って金持ちがすることだろ?」と返したのが始まりだったような気がする。
ルイスは何でも知っている。
空がなぜ青いのか、星はなぜ夜しか見えないのか。
ジェシカが聞くこと全てに、しっかりと納得出来る答えを返してくれる。
何でも知っているのに、嘘でもすぐに信じるし、疑いもしない。
無茶苦茶知識のあるアホだ。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「おう、気をつけてな」
「オッケー、また明日ね~」
「おう、頑張れよ」
また今日が終わってしまった。
明日まで、まだ20時間くらいある。
ルイスから肉の塊を渡されて1日が始まり、勉強が終わると1日が終わる。
いつの間にか、1日の数えかたが変わっていることに、笑ってしまう。
ジェシカは、肉の塊が載っている台車をひき、孤児院に向かって歩きだした。
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