第34話 魔物に優しく

 槍士のレベルが50になった次の日。

 ルイスはC級ダンジョンにいた。


 剣を抜くことはせず、1階層の羊の前に立っている。

 これから、素手で羊を殺すと考えると、少しだけ恐怖心がある。


 剣で頭をかち割るのではなく、拳でかち割るのだ。

 ちょっと痛そうだと思うのは、普通のことだろう。


 痛そうだと考えるならば、別の方法を考えるのも普通のこと。

 ルイスは気づいた。

 首を引っこ抜けばいいと。


 ルイスは、羊の頭を片手で鷲掴みにし、もう片方の手で、首を掴んだ。

 そして、少しだけ力をいれた。


「メエエェェェェ!!メエエ…メ…ェ」


 ぶちぶちと肉を引き裂く音が辺りに響き、羊が発する断末魔の悲鳴が、少しずつ小さくなっていき、絶命した。

 想像を絶するような、痛みと苦しみだっただろう。

 生きたまま、少しずつ首を引きちぎられるのだ。

 地獄に他ならない。


 そんな羊を見ながら、ルイスは無表情だ。


「…オェッ」


 無表情だったルイスの顔が、みるみる歪んでいく。

 さすがに、生きたまま首を引きちぎるのは、羊が可哀想に思えたし、気持ち悪かったのだ。

 いつもは、どんな魔物であれ、一撃で絶命するよな攻撃を叩き込み、殺す。

 こんな鬼のような殺しかたはしない。


 ルイスは心に決めた。

 魔物を殺すときは、出来るだけ一瞬で死ぬことが出来るような、殺しかたにしようと。


 転職可能ジョブには、無事に武道家というジョブが追加されていた。


 無事に武道家ジョブを出現させたルイスは、武道家へのジョブチェンジを済ませ、B級ダンジョンに戻って来た。


 まだ早朝であり、ダンジョン内にも心地好い太陽の光が射し込んでいる。

 なぜダンジョンの中に太陽があるのか、そもそもあれは太陽なのかと疑問に思うことは無い。


 始めのうちは、疑問に思っていたルイスだが、この世界に来てもうすでに1ヶ月。

 当たり前の事として、受け入れている。


 そもそも、筋肉量ではなく、ステータスという謎のもので力がつくのもおかしな話であるし、

 素早さと力が別の数値になっているのもおかしい。

 この世界は、おかしなことだらけである。


 ダンジョンの魔物は、繁殖を行うことなく数を増やすし、

 草食動物であれば、敵を発見したら逃げる方が、効率よく生存競争に勝利することが出来る。

 なのに、なぜかルイスに向かってくる。


 などと、色々考えながら、3階層でレベル上げを行っているルイスは、群れすら作らない牛を、一撃で沈めていく。

 一匹、また一匹と、数を考えるでも無く、どんどん殺していく。


 毎日毎日繰り返される単調な日々。

 普通の感覚ならば、飽きこそすれど、楽しいとは思えない日々。

 しかし、レベル上げ廃人は違う。

 どれだけ効率よく、牛を瞬殺するか。

 どうすれば、狩り自体を効率アップさせることが出来るかを、常に考えながら行動している。


 他の冒険者が、出来るだけ楽に金を稼ぎたいと考えている時間も、レベル上げの効率を考えている。

 街の住人が、美人を目でおいかけている時間も、レベル上げの効率を考えている。

 それはなぜか、趣味だからだ。


 おそらく、誰にも理解はされないであろう趣味。

 ダンジョンを駆け回り、食べるわけでも無いのに、1日に100匹単位で殺し回る趣味。

 普通の者からすれば、狂人の類いである。


 そんなルイスのことを、この街の、いや、この世界のほとんどの住人は知らない。

 知っているのは二人だけ。


 そんな知る人ぞ知るルイスは、レベル上げの段階を1つ、上げようとしている。


 これまでは、牛に近づくと1度足を止め、少し集中して狙い定めていた。

 今日は違う。

 牛に近づくと、逆にスピードを上げ、すれ違いざまに、牛の頭に剣を振り下ろす。


 牛は、反撃はおろか、避けることすら出来ずに倒れていく。


 このレベル上げ方法を習得してからは、レベルが上がる速度が、これまでの1.5倍ほどになっている。

 魔物の近くで1度足を止めるのは、時間効率が非常に悪い行為だったのだ。


 ルイスは、大きく効率が上がったレベル上げを、ひたすら続けた。



 ーーーーーー



 少し前の孤児院


 子供達が寝静まったころ、二人のシスターが、ジェシカの恋愛トークに花を咲かせている。

 娯楽の少ない世界では、他人の色恋沙汰などは、格好の楽しみである。


「見てきたわよ、噂のルイス」

「きゃー!ジェシカの初恋の!?」

「そうよ、なかなかのイケメンだったわ」

「あら~、ジェシカって意外と面食いだったのね」

「でもね、イケメンなだけじゃないの。ジェシカを抱き締めたり、頭を撫でたりして、優しそうな人だったわ」

「良い男ってこと?」

「確かに良い男だと思うわ。でもね、ちょっとアホそうな感じなの」

「あらそうなの?」

「そうなのよ~、僕は人を疑ったことなどありませんって感じ?」

「お坊っちゃまなのかしら?」

「お坊っちゃまが冒険者なんてする?」

「しないわね」

「そうよね、だからやっぱり、ただのアホなんじゃないかしら」

「なんでそんな男を好きになったのかしら?」

「やっぱりあれよ、ジェシカって下の子の面倒見が良いじゃない?だから、ちょっと頼りない感じの男が好みなのよ」

「でも心配だわ~、アホな男なんて」

「大丈夫よ、ジェシカならちゃんと操縦できるでしょ」

「そうであって欲しいけど…」

「アホはアホなりに良いところだってあるわよ」

「どんなところなの?」

「操縦しやすいところ」

「あ~、ひどいわよあなた~、ジェシカの初恋の相手なのに~」

「良いのよ、初恋なんて成就するわけ無いんだから」

「ひっど~い」


 二人のシスターは、夜遅くまで、笑顔で語り合っていた。

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