第29話 開腹手術

 2階層に出現した魔物は、1階層の牛をそのまま一回り大きくしたような魔物だ。

 1階層の魔物より、素早さがだいぶ高い。


 普通の冒険者パーティーであれば、二人ほどの壁役でタゲをとり、残りのメンバーが削り役になる。

 しかし、素早さで対抗するのは困難なため、壁役が失敗すれば、全滅は免れない。

 1階層の魔物であれば、まだ魔物の攻撃を避けることも出来るが、2階層の魔物になると、攻撃を避けることさえ困難になる。


 そんな危険を抱えながらも、冒険者達がこのB級ダンジョンに潜る理由。

 それは、稼ぎが良いからだ。


 羊の倍以上ある牛は、可食部位もそれだけ多い。

 しかも、下の階層に行けば行くほど、肉の味が良くなると言われている。

 1階層の魔物が安定して狩れるようになれば、2階層に降りる。

 B級ダンジョンに潜れるような冒険者は、ほぼ全員が成長限界に達している。

 そのため、経験値を稼ぐ必要は無い。

 しかし、金は稼がなければならない。


 1階層の魔物は、安定して狩れる冒険者の数が多くは無いが、一定数はいる。

 しかし、2階層の魔物になると、安定して狩れるパーティーは一気に少なくなる。

 それだけ、2階層の魔物は強い。


 しかし、2階層の魔物を一匹丸々納品出来れば、買い取り金額は200万。

 5人でわけても40万。

 それに対して、1階層の魔物の買い取り金額は30万。

 味もさることながら、納品される数が少ないため、稀少性が加味され、値段が跳ね上がる。


 そんな2階層の魔物を、1階層の魔物と同じように、ルイスは瞬殺した。

 ルイスにとっては、ちょっと動きが速くなっているかな?と思うほどの違いしか無い。


 ルイスはそのまま3階層に降りた。


 3階層に出現する魔物は、2階層までの茶色い牛から、黒い牛になっている。

 黒い牛の買い取り金額は、500万。

 もう、定期的に納品する冒険者はほぼいない。

 一般的な冒険者なら、3階層の魔物相手に、命をかけた危険な狩りをするぐらいなら、2階層の魔物を3匹狩った方が良いと考える。


 ダンジョンに潜る冒険者は、安定思考な者が多い。

 生活のために狩りをしているのだから当然だ。

 どちらかというと、冒険者というよりも、少し危険が伴う畜産農家と呼んだ方がしっくりくるだろう。

 そのため、ベテランになればなるほど、冒険者は冒険をしない。

 自分の限界と、危険な行為を敏感に察知できる冒険者だけが、ベテランと呼ばれるまで生きていられるのだ。


 そんな危険な3階層で、ルイスは黒い牛に対峙している。

 牛が突っ込んでくるのに合わせて、カウンターを叩き込むか、それを避けて頭に一撃を叩き込むか。


 牛が動き出した。

 2階層の牛とは違う。

 次元が違うかのような速度。

 ルイスは、体を投げ出すように、なんとか攻撃を避けた。


 ここまでスピードが速いならば、避けてから攻撃に移るのは不可能だ。

 ルイスはカウンターを狙い、上段に剣を構えた。


 そんなルイスに、もう一度突っ込む黒い牛。

 ルイスはカウンターを合わせようとして失敗し、腹に体当たりを受けた。


 1000kgを越える巨体が、100km/h以上の速度で突っ込んで来たのだ。

 ルイスは宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 幸い、ルイスは丈夫さの数値も高いため、肋骨数本の骨折で済んでいるが、普通の冒険者であれば即死である。


 もう一度突っ込んで来ようとしている黒い牛をしっかりと見つめ、失敗すれば死ぬと思い、集中するルイス。

 出来るだけ力を抜き、頭に当てることを優先し、最速で剣を振り下ろした。

 ルイスが振り下ろした剣は、見事に牛の頭に命中し、牛が地面を転がりながら絶命した。


「はぁっはぁっ、いってぇ…」


 胸を押さえながら、痛みに顔を歪めるルイス。

 肋骨が折れているのだろうことは分かるが、この痛みは異常だ。

 骨折だけでは無いかもしれない。


 たった一撃の攻撃でここまでのダメージを受けることになったルイスに、3階層はまだ早かった。

 倒すことは出来るが、レベル上げには使えないだろう。


 ゆっくりとした足取りで、ルイスはダンジョンの入口を目指し、歩き始めた。


 ルイスがなんとかダンジョンを脱出すると、ジェシカが焚き火で、棒に刺した肉を焼いていた。


「おっちゃん?」


 胸を押さえ、顔から脂汗を流しているルイスに気づいたジェシカは、心配そうにルイスの顔を覗き込む。


「へへ、ちょっと失敗しちゃった」

「おっちゃん、大丈夫か?」


 ジェシカは、初めて見るルイスの様子に戸惑っている。

 ジェシカといる時は常に明るいルイスが、顔色も悪く、額に脂汗を浮かべている。


「うん、大丈夫。ちょっとお腹が痛いだけだから」

「…ほんとか?」

「ほんとほんと、ちょっと冒険者ギルドに行ってくるから」

「ついていこうか?」

「いや、ほんとに大丈夫、1人で行けるよ」

「どこが痛いんだよ」


 ジェシカが手を伸ばし、ルイスの腹を触った。


「いっっ!…たくな~い」


 ルイスは、出来るだけ明るい声で誤魔化したが、明らかに無理をしている声だ。

 軽く触っただけであの反応ならば、相当痛いはずだ。


「おっちゃん、ここで待ってろよ、キュリーばあ呼んでくっから」


 そう言って、ジェシカは冒険者ギルドに向かって走っていった。

 ジェシカの姿が見えなくなり、1人になったルイスは、小さい声で悶えるように呟く。


「うー、いってぇ」


 痛みに耐えきれず座り込んだが、座っているのも辛い。

 ルイスは仰向けに寝転がった。


 そしてルイスはそのまま、意識を失った。



「…ん?」

「目が覚めましたか」

「ああ、キュリーさん」


 キュリーの姿を見たルイスは、立ち上がろうとした。

 しかし、キュリーに留め置かれ、大人しく従う。


「折れた肋骨が、肺に突き刺さっていました」

「…マジっすか」

「ですので1度開腹し、肺から肋骨を引き抜き、治癒魔術をかけました。もう大丈夫だとは思いますが、今日はもう終わりにしなさい」

「…開腹って、手術したんですか?キュリーさんが?」

「少しだけ、医学も嗜んでいますので」

「嗜むどころじゃないと思いますけど…」

「そんなことより、今日はもう終わりにしなさい。分かりましたか?」

「はい、すみません。ありがとうございました」

「いえ、冒険者の治療も、仕事のうちですので」

「でも、ありがとうございました」

「お礼なら、ジェシカに言った方が良いでしょう。あなたを助けるために、必死でしたから」

「…そうですか、ジェシカはどこに?」

「初めて人の臓器を見たらしく、そこで気絶しています」

「あ~、じゃあ後で言っておきます」

「それが良いでしょう」

「ではとりあえず、あなた達を冒険者ギルドまで運びます。いいですね?」

「いや、歩きますよ、もう痛みも無いですし」

「さっきまで死にかけていた人が何を言っているんですか、台車に乗りなさい」

「…そうですね、分かりました」


 キュリーはジェシカを台車に乗せ、ルイスが乗るのを待ち、冒険者ギルドに向けて歩き始めた。

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