第25話 心の病気

 魔物の血に染まったルイスを、軽々と持ち上げ、冒険者ギルドに戻ってきたキュリー。

 まだ冒険者達も、キュリー以外の職員も来ていない。


 ルイスを寮のベッドに寝かせ、冒険者ギルドの受付に腰を下ろした。


 少し自分の服を匂ってみる。

 ルイスの汗と、魔物の血が混ざり、不快な臭いがする。

 別に、ルイスが臭いのはかまわないが、自分が周りに臭いと思われるの不愉快だ。


 住んではいないが、自分の倉庫代わりに使用している寮の自室で、汚れていない服に着替えた。

 着替えて冒険者ギルドに戻ると、ジェシカが来ていた。

 また今日も、ルイスの様子を尋ねに来たらしい。

 熱心なことだ。


「おはようございます」

「おっちゃんは?」

「おはようございますと言われたら、おはようございますと返しなさい」

「…おはようございます、おっちゃんは?」

「寝ています」

「まだ寝てんのか?」

「いえ、昨日1度目覚めて、先ほど眠られました」

「ああ、じゃあ目が覚めたんだな?」

「はい、お元気そうでしたよ」

「じゃあ良かった、明日からはダンジョンで会おうって伝えといてくれ」

「明日は休むと言っていましたよ」

「おっちゃんが?」

「はい」

「…ふ~ん、まあ分かった。じゃあここに顔出すわ」

「はい、そうしてください」

「じゃあな」

「はい、お気をつけて」


 冒険者ギルドから、ジェシカが出ていった。

 ジェシカは、キュリーの言ったことをまるで信じていないようだ。

 明らかに、こいつ嘘ついてんな、という表情だった。

 ジェシカにとって、ルイスが狩りを休むと言ったということは、とても信じられることでは無いらしい。


 キュリーは、ルイスがどう言おうが、明日は休ませるつもりだ。

 目を閉じるだけで思い出せる、ダンジョン内でのルイスの姿。

 まともな者が出来る表情では無かった。

 さすがに、1度話を聞いてみた方が良いだろう。


 どうやってルイスを止めるかや、ルイスの過去を想像したりしているうちに、他のギルド職員や、冒険者達が出勤してくる時間になり、冒険者ギルドの中が賑やかになってきた。

 今日もいつも通りに忙しくしていると、あっという間に昼時だ。

 受付で、依頼を出しに来た商人を相手にしていると、ルイスが寮から出て来て、こっそり冒険者ギルドの外に出ようとしている。


「ルイスさん!」


 普段は滅多に出さない大声。

 他の職員達が驚いている。


「どこに行くつもりですか?」

「こ、公衆浴場に行こうかと…」

「同行します」

「え?でも、公衆浴場ですよ?」


 嘘である。

 ルイスはこっそりと、ダンジョンに行き、とりあえずあと1レベルだけレベルを上げようとしている。


「どこに行くにしても、あなたを自由にするわけにはいきません」

「そ、そんな…」


 ルイスは項垂れた。

 もう逃げることなど出来はしないだろう。

 レベル上げも出来ず、牢獄で過ごす日々。

 昨日のキュリーを見ているため、今のルイスでは、絶対に逃げることが出来ないのも自覚している。


「そこで待っていなさい」

「はい…」


 キュリーの目線がルイスから外れ、商人に向いたの確認したルイスは、冒険者ギルドから飛び出た。


 ルイスは走る。

 あとたった1レベルでいい。

 1レベル上げれば、牢獄に入れられることも無くなる。


 素早さが良く上がる盗賊ジョブを、49レベルまで上げ、ステータス的には、物理寄りのベテラン冒険者と遜色無いほどにまで成長したルイス。


 そんなルイスが全力で街を駆け抜ければ、ステータスの低い一般人は、撥ね飛ばされ、即死してもおかしくない。

 そこでルイスは、建物の屋根を跳び移り、逃走することにした。


 キュリーなら、難なくルイスに追いつくことが出来るだろう。

 しかし、屋根の上にいれば、キュリーが追ってきてもすぐに気づける。

 ルイスは後方に気を配りながらも、全力でダンジョンを目指した。


 結局、キュリーが追ってくることも無く、C級ダンジョンにたどり着くことができ、ほっと息をつきながら、ダンジョンの1階層に入る。

 洞窟になっている入口を抜け、草原に足を踏み入れると、横から声をかけられた。


「公衆浴場に行くのでは?」

「はっ!」


 慌てて声のする方に顔を向け、恐怖に震えるルイス。

 ルイスの前には、いつも通りの無表情で、刺すような視線のキュリーがいた。


 キュリーを見た瞬間、ルイスの心が折れた。

 もう、何をしても逃げられない。

 屋根の上を跳び回るという、ワイヤーアクションのような立体起動で、最短距離を最速で進んだにも関わらず、先回りをされている事実。

 ルイスは、地面に膝をつき、項垂れた。


「何があったんですか?」

「…すみません、わざとじゃなかったんです」

「…わざとじゃない?」


 ルイスは、冒険者ギルドから借りた剣を、借りパクしてしまったことを謝罪したつもりだ。


 しかしキュリーは、制止を振り切り、ダンジョンに狩りをしに来たことを謝っていると考えた。


「はい、そんなつもりは無かったんです」

「…まさかそんな、無意識ですか…」


 無意識の内にダンジョンに来てしまうとは。

 そんな者など、聞いたことがない。

 そうか、ルイスのことを頭がおかしいと思っていたが、そうではない。

 心が壊れているのだ。


 毎日毎日長時間、戦闘の中に身を置き続けなければならないような心理状態。

 過去に、とてつもないトラウマでも植え付けられたのだろう。

 そのせいで、ルイスの心は壊れてしまったのだ。


「すみません、僕もすっかり忘れていたんです」

「…ええ、無理をしなくても大丈夫です」


 トラウマのことを忘れていたが、冒険者になり、戦闘を経験したことで、思い出してしまったのだろう。

 心が壊れている者を治療しようと思えば、長い時間と、寄り添ってあげる理解者が必要になる。

 ルイスは、まだこの街にそんな存在はいないだろう。

 ジェシカなら、寄り添ってはくれるだろうが、心の病気を理解するのは難しいだろう。


 ならば、世界を揺るがすようなユニークスキルを持っているこの青年を、道を踏み外さないように、生き急がないように導こう。


「え?」

「大丈夫ですよ、あなたが過去に何をしていても、私はあなたを許します」

「え?許してもらえるんですか?」

「はい、もう大丈夫です」

「ほ、本当に?」

「はい、ゆっくりと、乗り越えて行きましょう」

「は、はい、すみませんでした」


 ルイスの顔に生気が戻った。

 キュリーはそれを見て、一安心だ。

 とりあえず、公衆浴場にでも行って、さっぱりすればいい。

 近くにいると、ルイスから漂う悪臭に、吐きそうになる。


「では、公衆浴場にでも行って、さっぱりしてはどうですか?」

「えっと、どうせなら、あと1レベルだけ上げたいんですけど…ジョブチェンジまであと1レベルですし…」


 ルイスの言葉に、キュリーは笑顔を作った。

 心の病気を抱えている患者に、否定は良くなかったはずだ。

 こみ上げる吐き気を我慢し、ルイスに優しく語りかける。


「1レベルだけですよ?」

「はい!ありがとうございます!」


 意気揚々と下の階層に降りるルイスの後を、鼻を押さえたキュリーが追いかけた。


 それからすぐ、ルイスの盗賊ジョブのレベルは、50になった。



 ルイス・キング・ロイドミラー


 HP 250

 MP 100

 力 200

 丈夫さ 150

 魔力 50

 精神力 100

 素早さ 250

 きようさ 150


 ジョブ

 戦士Lv50,旅人Lv50,盗賊Lv50

 ジョブチェンジ可能


 スキル

 叩き割り,回転切り,吸収切り,獣切り,地砕き

 種火,飲み水,虫除け,安眠,地図

 罠看破,聴力強化,煙幕,鍵開け,縄抜け


 ユニークスキル

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