第22話 ルイス倒れる
レベルが10に上がって二時間。ルイスのレベルは17に上がっていた。
そろそろ喉が渇き、ダンジョンを出ようかというタイミングだ。
少年に渡すための羊を持ち、ダンジョンの入口へ向かう階段を昇る。
今、ルイスが持ち上げて運んでいる羊の重さは約100キロ。
それを脇に抱える形で持っている。
ルイスは、特に重いとも感じていない。
せいぜい大きいから運びづらいと思っている程度である。
一般的に、何もジョブについたことの無い成人で、ステータスは概ねオール10。
力の数値が10の段階で、片手で軽々と10キロ程度の物なら持ち上げることができる。
ルイスの力の数値は110。
110キロぐらいまでの物ならば、苦労せずに持ち上げることが出来る。
ダンジョンの外にたどり着き、少年の姿を探したルイスは、少年が見当たらないことに気づいた。
「嫌われた…」
ダンジョンに入る前の少年の反応。
ルイスがそう考えてしまうのも、無理はない。
ルイスはその場に羊を放置し、落ち込みながらダンジョンの中に戻った。
愛する我が子に嫌われた寂しさを、レベル上げで埋めようとしたのだ。
今までも、相応に速いペースで羊を狩っていたが、ヤケ狩りとも言えるこの狩りは、今までのペースを大きく上回るものになった。
ジョギングほどの速度で走っていたところを、全力のダッシュに切り替えたのだ。
ジョギング程度であれば、レベル上げの高揚感で、疲れを抑えることが出来ていた。
しかし、全力でのダッシュは、高揚感という心理的な作用では、体力の回復が追いつかない。
全力ダッシュによって引き起こされる、激しい体力の消耗を、羊を狩るために止まって剣を振り下ろすという1秒にも満たない動作で、少しでも回復させるような行動になった。
100メートルを全力で走り、羊の頭をかち割る動作の間だけ、体を休ませる。
体と心を酷使する、超効率的なレベル上げ。
現在の精神状態だからこそ出来る、レベル上げの無双状態。
そんな狩りを行えば、おのずとレベルも上がる。
ルイスのレベルは、すぐに20レベルになった。
ルイス・キング・ロイドミラー
HP 170
MP 20
力 120
丈夫さ 120
魔力 20
精神力 70
素早さ 70
きようさ 20
ジョブ
戦士Lv50,旅人Lv20
スキル
叩き割り,回転切り,吸収切り,獣切り,地砕き
種火、飲み水
ユニークスキル
マイステータス閲覧
セルフジョブチェンジ
転職条件閲覧
成長限界無効化
スキルには、念願の飲み水というスキルが追加されている。
発動すれば、200ミリの綺麗な飲料水を体から出現させることが出来るスキルで、消費MPは2。
ルイスは、少しだけ笑顔を見せたが、また全力で羊目掛けて駆け出した。
次の日の朝。
ジェシカがいつも通りの時間に、ダンジョンの入口に向かうと、羊が2匹置かれていた。
なんで今日は2匹あるんだ?
と、思いながら近寄ると、2匹の羊に挟まれるように、ルイスが倒れていた。
「お、おっちゃん!」
慌てて駆け寄るジェシカ。
ルイスのそばに膝をつき、頭を揺さぶってみるが、目を覚まさない。
ジェシカにとって、頭を揺さぶるという行為は、朝に他の子供達を起こすための手段だ。
どれだけ起きなくても、頭を揺さぶれば必ず起きる。
これで起きないということは、ただ寝ているだけではあるまい。
このままではまずいと、ルイスを台車に乗せようとしたが、ジェシカの力では、とても持ち上げることは出来ない。
しかもここは、あまり人気の無いC級ダンジョン。
手伝ってもらおうにも、そもそも人がいない。
ジェシカは、街の方に走り、手伝ってくれる人を探した。
幸いにもすぐに見つかり、お礼がわりに転がっている羊をやると言うと、喜んで手伝ってくれた。
大人の手を借り、ルイスを台車に乗せ、冒険者ギルドに全力で走る。
キュリーに、なにか困ったことがあれば、私に言いなさいと言われていたからだ。
孤児院のシスター達にも、外で困ったことがあればキュリーさんに言いなさいと、言われている。
そのため、ジェシカは迷うことなく行動出来た。
ジェシカは全力で、ルイスを乗せた台車を引っ張る。
荷台の上で意識の無いはずのルイスから、うめき声が聞こえてくる。
そのうめき声に、ジェシカはさらに焦り、スピードを上げようと足に力を込める。
この台車、キュリーから借り受けた魔道具で、感じる重量を10分の1に出来るというもの。
台車なため、ダンジョンの中では使いづらいし、商品の納品は、買う方が冒険者ギルドまで来るので使い道が無く、冒険者ギルドの倉庫でほこりを被っていた物。
ちょうど良いとばかりに、キュリーはジェシカに貸している。
どんどん荷台から聞こえるルイスのうめき声が大きくなってくるのに焦り、必死に冒険者ギルドへの道を走るジェシカ。
走れば走るほど、ルイスのうめき声が大きくなる。
実はこのルイス、寝ているだけである。
20時間以上にもわたって、全力疾走を続けたことで、色々と限界を超え、帰ろうとダンジョンを出た瞬間、スイッチが切れたように眠ってしまった。
しかも、長時間の全力疾走によって、下半身は余すこと無く筋肉痛。
台車のタイヤにゴムなど使われていないため、振動がダイレクトにルイスに伝わる。
寝ているルイスを、台車の振動によって引き起こされる筋肉痛の激痛が、常に襲っている状態。
そのために、ジェシカが頑張れば頑張るほど、どんどんうめき声が大きくなっている。
「キュリーばあ!」
台車を引いたまま、冒険者ギルドに入り、キュリーを呼ぶジェシカ。
その呼び方に、キュリーはしかめっ面を作る。
「その呼び方はやめなさい」
「おっちゃんが!おっちゃんが死ぬかもしれねえ!」
キュリーが、荷台に横たわるルイスを見た。
見たところ、大きなケガも無さそうだし、ただ寝ているように見える。
「寝ているだけに見えますが」
「んなわけねえだろ!ここまで運んで来るあいだずっと苦しそうにしてたんだぞ!」
「そうですか」
ルイスを片手で持ち上げ、くるくると回して状態を確認したキュリーは、やはり大丈夫そうだと思い、ジェシカに声をかけた。
「一応、治癒魔術をかけておきますが、特に問題は無いと思います」
「ほんとだな!ほんとに治癒魔術かけるんだな!?」
「はい、大丈夫ですから、今日はもう帰りなさい」
「いやだ!」
「いやだと言っても、あなたになにか出来ることがありますか?」
言葉に詰まるジェシカを横目に見て、ルイスを持ち上げたまま、冒険者ギルドの寮にある、ルイスの部屋に向かった。
ルイスをベッドに寝かせ、一応治癒魔術をかける。
どうせ、少し前にあったことと同じだろう。
常人にはとても不可能な、狂気とも呼べる狩りを夜通し続け、体力の限界に達して、倒れるように眠っただけだろう。
診察したところ、下半身を異常なほどの筋肉痛が襲っている。
少し呆れた顔をして、キュリーは冒険者ギルドに戻った。
「ルイスはどうしたんだよ」
「治癒魔術をかけて、ベッドで寝かせて来ました」
「ちゃんと医者に見せろよ!」
「医者にも見せました。ただの筋肉痛です」
「なんだよ!きんにくつうって!」
キュリーはジェシカに筋肉痛を詳しく説明し、取り乱しているジェシカを落ち着かせ、孤児院に戻らせた。
治るまで看病すると言っていたが、筋肉痛に看病など必要ないし、そもそも治癒魔術で治した。
ジェシカがここにいる必要はない。
ジェシカが孤児院に帰り、静かになった冒険者ギルドの中で、キュリーは呟く。
「しかし、なぜあそこまで?」
体を酷使し、娯楽にも走らず、お金を求める訳でも無い。
ただひたすらに自分の戦闘力を高めようとする青年。
あそこまで必死に強くなろうとする理由はなんなのか。
「…復讐…でしょうね」
おそらく、なにか強大な存在に復讐をしようとしているのだろう。
それは個人か、それとも国か。
復讐にとらわれても、幸せを感じることなど出来はしない。
生き急ぐ青年に思いをはせ、キュリーは業務をこなしはじめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます