第20話 親心

 ご機嫌でスキップしながら冒険者ギルドに向かうルイス。

 しかし、スキップが不意に止まった。


「あっ」


 ルイスは気づいてしまった。

 自分で水を出せるようになると、いよいよ狩りの途中で、ダンジョンを出る必要が無くなる。

 喉が渇いても、ダンジョンの中で水分補給が出来る。

 そうなると、ダンジョンの入口で、ルイスに回復薬を渡したりしてくれる少年のやることが、昼食の準備しか無くなってしまう。


 自分になついてくれている少年。

 他の子供達は、最初の狩りに来て以降、なぜか来なくなった。

 実は他の子供達は、激しい筋肉痛による激痛で、3日ほど身動きが取れなかったため、トラウマになってしまったのだ。

 ルイスは知らないが。


 そんなトラウマを乗り越え、今日も来てくれている少年は、いまだに健気に毎日お手伝いをしてくれている、唯一の子供。

 そんな少年に、明日から来なくていいと言えるだろうか。


「…言えない」


 ルイスは初めて、親心なるものを知ってしまった。

 しかし、少年を冒険者として育てるか、と言われると、絶対に嫌なのだ。


 別に育てるのは良い。

 それは良いのだが、パーティー登録をすると、経験値が分割されてしまう。

 それだけは許容出来ない。

 レベル上げの効率を下げる選択肢など、ルイスは絶対に取りたくない。


「どうすればいいんだ…」


 こんな時、ルイスが相談出来る相手はいない。

 というか、普段から話す相手なんて、少年とキュリーしかいない。


「とりあえず、キュリーさんに相談してみよう」


 ルイスの顔からは、さっきまでの笑顔が嘘のように消えている。


 道行く人は、ルイスの冒険者らしい格好を見て、ダンジョンで仲間を失ったらしいと見当をつけ、可哀想な人を見る目になっているほどだ。


 ルイスはとぼとぼと、冒険者ギルドに向けて歩を進めた。


「キュリーさん…」

「どうしたんですか?」

「ちょっと相談がありまして…」

「…ではこちらへ」


 どんよりと落ち込んでいるルイスを、普段はあまり使われない会議室へ案内したキュリーは、何があったのかを尋ねた。


 話を聞いたところ、どうでもいいことで悩んでいるようだ。

 ユニークスキルに関することで、何かとんでもないことが起こったのかと思ったキュリーだったが、そうではないようで安心した。


「とりあえず、あの子に聞いてみてはどうですか?」

「…聞けないですよ、それであの子が傷ついたらどうするんですか」

「傷つくことは無いと思いますが」

「もう来なくてもいいよ、明日からどうする?って聞くんですか?事実上のクビ宣告じゃないですか」

「そうでしょうか」

「そうですよ、そんな酷いこと言えません」


 そのままくどくどと、どうしよう、どうしようと言い続けるルイスに、キュリーはめんどくさくなり、少しなげやりに提案した。


「大丈夫ですよ、手伝いは必要無いけど、君が必要なんだ、とか言っておけば」

「…なんか矛盾してません?」

「良いんです。相手は子供なんですから、大好きだよとか、かわいくて仕方ないとか、正直にルイスさんの気持ちを伝えれば良いじゃないですか」

「…むう、そんな恥ずかしいこと言えないですよ」

「では、そういうことですから、私は仕事に戻ります」

「…なんか、なげやりになってないですか?」

「いえ、速く戻ってあげた方が良いと思いますよ」

「…そうですね、ありがとうございました」

「いえ、お気をつけて」

「はい」


 冒険者ギルドからダンジョンへと戻る途中、ルイスはずっと考えていた。

 やはり、これからの事を正直に伝えよう。

 そこから先は、少年が考えることだし、少年が決めることだ。


「おかえりおっちゃん、遅かったな」

「うん、ちょっとね」

「どうしたんだよ、さっきまで死ぬほど嬉しそうだったのに」

「ちょっと真面目な話があるんだ」

「あ?なんだよ突然」


 ルイスは、これから飲み水をダンジョンで確保出来るようになるため、あまりダンジョンの入口に戻って来ないようになることを、少年に伝えた。


「う~ん、でもさ、そんなに変わんねえと思うぜ?」

「え?なんで?」

「なんでって、昼飯は用意してほしいんだろ?」

「うん」

「ほら、やっぱあんま変わんねえよ」


 ルイスは毎日だいたい12時間ほど狩りをする。

 二時間に一回、ダンジョンの入口に戻り、水分補給をする。

 ダンジョンから出るのは計6回、最初に出た時に少年に羊を一匹渡し、調理しておいてもらう。

 次に出た時に、朝渡した羊を食べ、持って出た羊と食べ切れなかった羊を買い取りに出してもらい、次から夕方になるまでの2回も、買い取りに出してもらう。

 5回目に持って出た羊を、少年が孤児院に持ち帰り、そのまま解散する。

 そして、最後に持って出た羊は、ルイス自身が買い取りに出す。


 ダンジョンの中で水分補給出来るようになれば、昼食のために渡し、昼食の時に渡す2回だけになる。

 昼食の余りと、昼食の時に持って出た羊を、孤児院に持ち帰れば、少年は全く困らない。

 日銭なら、最後にダンジョンを出た時の羊を、これまで通り、冒険者ギルドにルイス自身が買い取りに出せば良い。


「な?俺は別にそれでいいぜ」

「…確かに」

「じゃあさっさと狩りに行ってこいよ」

「…寂しくないの?」

「はあ?」

「会える回数が少なくなるんだよ?おっちゃんは寂しい」

「ちょ!なんだよ急に!良いから行ってこいよ!」

「本当に寂しくないの?」

「良いから行ってこいって!俺はもう帰るからな!また明日な!」

「はあ…バイバイ」

「おう、頑張れよ」


 ルイスは寂しいと言ってほしかった。

 勝手に育てている気分になり、勝手に我が子のように思っている少年に、寂しいと言ってほしかった。

 それなのに、少年は別にそれでいいぜと言ったのだ。


「はぁ…」


 ルイスはダンジョンに戻った。

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