第16話 買い取りストップ
九階層で1日狩りをし、公衆浴場から戻ったルイスを出迎えたのはキュリーだった。
「ルイスさん、頑張り過ぎです」
「え? あ、お疲れ様です」
「はい、お疲れ様です」
「どうしたんですか?」
「この二週間で、ルイスさんがどれだけ兎の角を納品したか知っていますか?」
「えっと…500万で6000だから…833…850本くらいですか?」
「約1000本です」
「お~」
「二週間で、1000本も納品されたのは初めてです」
「そうなんですか?」
「そうなんです。おかげで相場が下がってきてます」
「はあ、ダメなんですか?」
「はい、兎の角で生活している人が困ります」
「あ~、なるほど。でも、僕より先輩だったら、僕より稼いでそうですけど」
「あなたのように、休むこともなく、毎日10時間以上ノンストップで狩り続ける冒険者がいるわけないでしょう? しかもソロで」
ルイスは他の冒険者と会話をしたことも無ければ、他の冒険者の情報も知らない。
そのため、普通は4,5人でパーティーを組むことも、1日の狩りは二時間程度なのも、1日狩りをすれば1日休むというのが普通なのも知らない。
それゆえにルイスは、狂っている自覚が無い。
「とりあえず、これから1ヶ月、いえ2ヶ月は兎の角を納品しないようにしてください」
「え、困ります」
「明日からは、C級ダンジョンに行ってください」
「え」
「明日は私も付き添います。なので、C級ダンジョンに行きます」
「あ、お手数おかけします」
「いえ、これも仕事なので」
「すみません」
ルイスのD級ダンジョン卒業が決まった。
そして、C級ダンジョンデビューが決まった。
「あと、なぜか私が預かっている500万ゴールドですが」
「あ、はい」
「ギルド預りにしてもいいですか?」
「はい、お任せします」
「いくらか減ってもいいですか?」
「え?」
「買い取り金額の相場が戻るまで、兎の角を納品した冒険者の方々に、以前の相場の6000ゴールドになるように上乗せしてもいいですか?」
「あ、まあそういうことなら」
「ありがとうございます」
「いえ、他の冒険者の方々に、恨まれたりしても嫌ですし」
キュリーは1つ嘘をついた。
買い取り相場は下がっていない。
相場が下がらないようコントロールするのも、ギルドの仕事なのだ。
なぜ相場が下がっていないのに、納品をやめさせたいか。
それは、売れないからだ。
ギルドから兎の角を必要とする個人や商店、行商人などに販売する。
その時、ギルドが大量に売りに出すと買う方は値下げ交渉に積極的になる。
そして、1度値下げに応じてしまうと、次からも値下げ交渉をしてくる。
そのため、ギルドは値下げ交渉に応じない。
決まった値段で必要とする相手に必要な数だけ販売する。
値下げをせず、今までと同じような数だけ売っていればどうなるか。
買い取りだけが大量になり、ギルドから買い取り用の現金が大量に減ることになる。
今までの数で十分需要と供給の釣り合いがとれていたのに、ルイスというイレギュラーでギルドはすでに500万ゴールドの現金を失ったことになる。
しかも放置していれば、さらに大量に兎の角を持ち込んで来ることが容易に想像できる。
これを放置していると、物が売れず、入ってくる金額は増えないのに出ていく金額がどんどん膨れ上がることになる。
行き着く先は倒産だ。
しかも、ギルドは冒険者からの買い取りを断れないし、買い取り金額を下げることも出来ない。
冒険者ギルドのそもそもの生い立ちは、冒険者が商店や行商人に持ち込んでも、巧みな話術によって騙され、非常に安い値段で買い叩かれたり、良いようにこき使われたりしていた時代に、それを良く思わなかった創設者が冒険者を守るために作った組織だからだ。
命をかけて魔物を狩る冒険者の生活と権利を守る組織。
それが冒険者ギルドなのだ。
そういう理由で冒険者ギルドは買い取りを断れないし、買い取り金額を下げることも出来ない。
ルイスの稼いだ金は確かに兎の角の買い取りに使われるが、本当の理由は冒険者ギルドが角の買取に困っているためだ。
キュリーは、罪悪感にかられながら、何も疑っていないルイスの顔を見る。
人を疑ったことなど無いような顔だ。お人好しで、苦労して稼いだ金を他の冒険者のために平気で差し出すような青年。
そんな青年を騙すような事をしてしまった。
キュリーの表情は、ひどく落ち込んだものになっている。
キュリーは知らない。
ルイスは、別にお金なんかどうでも良いと思っていることを。
キュリーは知らない。
ダンジョンに潜り、狂気の狩りそのものが、ルイスの趣味だということを。
キュリーは知らない。
ルイスはお金なんかより、経験値を心から欲している事を。
キュリーは知らない。
背を向け、寮への扉に向かっているルイスが明日からC級ダンジョンに行くということで獲得経験値が増えるだろうと考え、満面の笑みを浮かべていることを。
キュリーは知らない。
今日のルイスは、恐らくワクワクしすぎて眠れないだろう事を。
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