第14話 服全焼

 九階層の魔物は、角赤兎。

 文字通り赤く、角が生えた兎であり、火の魔術を使う。

 そして速い。


 八階層の角青兎と比べると、圧倒的に速い。

 今のルイスでは、とてもついていけないほど速く、ルイスの攻撃は全て避けられる。


 ルイスがどれだけ最速で剣を振るおうと、それを容易く避ける。

 しかも火という、人間であれば誰でも恐れる武器を持っている。

 実際には、ルイスに直撃したところで、ある程度のダメージはあっても、大きなダメージにはならない。

 しかしどうしても、恐怖心が先にたつ。


 ルイスは九階層を一旦諦め、上の八階層に戻ることにした。

 自分の攻撃が一切当たらず、避けられない速度でバスケットボールサイズの火の玉を放ってくる敵。

 ルイスの完敗だった。


 ルイスは角赤兎にもてあそばれ、ダメージを負って疲れた体を休めるために、ダンジョンの入口に戻った。

 そんなルイスの姿を見た、手伝いをしてくれているいつもの少年が悲鳴をあげた。


「おっちゃん!大丈夫か!?」


 何発も火の玉を受けたルイスの服は黒焦げになっており、ここまでの兎達から受けた魔術で破れた服の端々も、同様に焦げている。

 長袖長ズボンだった服は、上半身は乳首から下が無くなっており、下半身は膝から下しか残っていない。


「うん、まあ大丈夫」

「なんでそんなのんきなんだよ」


 見た目に反し、ルイスはそこまでダメージを受けているわけではない。

 服が無くなっただけで、体自体に大きな怪我は無い。


「なんかすげーな、大人のちんこって」


 のんきなルイスの言葉を聞いて、落ち着きを取り戻した少年は、初めて見る大人のちんこに釘付けだ。

 ルイスも、そこまでまじまじと見られると、少し恥ずかしい。


「なんか隠せる物無い?」

「その袋で隠せばいいだろ」

「あ、ほんとだ」


 何本も角が入った袋を、ガラガラと音をたてながら股間の前に持ってくる。


「どうしよ、服買わないと」

「その格好で街に行ったら怒られるぞ?」

「だよね、買ってきてくれない?」

「買ってきてって、俺買い物なんかしたことねーよ」

「え、どうしよ」

「キュリーばあ呼んできてやろうか?」

「あ、うん、お願い」

「おう」


 少年はほぼ全裸のルイスをおいて、冒険者ギルドに走り去った。

 1人になったルイスは、急に恥ずかしくなり、地面に座り、袋で股間を隠した。


「あ、キュリーさん来たらどうしよ」


 それから数分後、少年と並んでルイスのいる方向に歩く、キュリーの姿が見えた。

 慌てて股間を隠し直し、キュリーに見えないように座り込む。


「何をやっているんですか」


 キュリーの目の前には、麻袋で股間を隠したルイスがいる。

 端正な顔立ちで背も高く、引き締まった肉体の青年が情けない姿を晒している。

 男日照りの夫人が見れば、いけない妄想をしてしまう状況。


 しかし、キュリーはアホを見る目で、ルイスを見ている。

 これまでの話を聞く限り、兎の放つ魔術に、正面から突っ込んで行くという方法で狩りを行っているらしい。

 普通に考えれば、火を正面から受ければダメージを受けずとも、服が燃えることくらい気づけるだろう。


 いや、服が燃えることを知らなかったのかもしれない。

 目の前の青年は、恐らく育ちが良い。

 言葉遣いも整っているし、物腰も柔らかい。

 ギルド長から聞いたが、転職条件に知識が必要な、ほとんどのジョブに転職可能だったらしい。

 それはすなわち、高度な教育を受けて育っているということ。

 であれば、火を使った料理などをしたことがなく、火に対する知識が少ないのかもしれない。

 火がなぜおこるかを知っていても、何が燃えやすいかを知らないなどということもあるだろう。


「いや、あんまりダメージ無かったんで、何発も受けたら燃えちゃってて」

「服が燃えやすいと知らなかったんですか?」

「…知ってました」

「ではなぜ火に突っ込んだんですか?」

「こんな簡単に燃えるとは思わなくて…」


 やはりそうだ。

 一般人であれば、自分で火を起こすことなど日常茶飯事。

 火の粉で服を焦がした経験など、普通は何回もある。

 それが無いということは、相応の上流階級出身ということに他ならない。


「とりあえずこれを」

「あ、すみません」


 キュリーは持ってきた服をルイスに渡した。

 所々穴があき、袖や裾が擦りきれているが、服としての機能はしっかりと果たせる。

 その服を受け取ったルイスは、いそいそ着こんだ。


「服の代金はもう受け取ったので、気にしないでください」

「え、代金ですか?」

「はい、角の買い取り代金から取りましたから」

「あ、すみません」

「いえ」


 ルイスの質問の意図としては、こんなボロボロの服にお金がかかるんですか、という意味だったのだが、キュリーは違う意味で受け取った。


 服としてボロボロでも、布に戻せばまだまだ使えるし、多少穴があき、袖が擦りきれている程度であれば、この世界では立派な服だ。


 そんなこの世界の当たり前を知らないルイスは、とりあえず服を着込み、もう一度ダンジョンに戻ろうとする。

 しかし、それをキュリーが呼び止めた。


「また潜るんですか?」

「はい、もう少しだけ頑張ろうかと」

「今日はもう切り上げて、火に強い防具でも買いに行ったらどうですか?」

「防具ですか…」

「必要だと思いますが」

「まあ、確かに」


 ある程度レベルが上がるまでは、角赤兎が出現する九階層には行かないつもりだが、そのうち行くことになるのは確実だ。

 ルイスはキュリーの言うとおり、今日はもう切り上げて防具を買いに行くことにした。

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