第12話 6階層

 昨日はダンジョンを出たのが夜だったため、六階層の情報をキュリーに聞かなかったルイスは受付で仕事をこなしているキュリーが落ち着くのを待ち、キュリーに話しかけた。


「今日から六階層に行こうと思います」

「もうですか…」

「はい、それでどんな魔物が出るのか聞いておこうと思いまして」

「六階層の兎は魔術を使います」


 六階層の兎は魔術を使う。無属性魔術と呼ばれる物だ。

 自身の角に魔力をためており、そこから魔術を放つと言われている。

 そのため、魔術に対処出来なければ近づくこともできずダメージを負うだけになる。


「無属性魔術の対処法は、基本的に相殺しかありません」

「相殺ですか?」


 相手が放った魔術を防ぐ一般的な方法は相殺だ。

 相殺に限らずとも相手の魔術よりも大出力の魔術を放てば、相手の魔術を消し飛ばすことができる。


 しかし、ルイスは魔術を使えない。

 使えないどころか、MPの値は0だ。

 魔術での相殺が不可能ならば、不意討ちで魔術を撃たれないうちに倒しきるという方法もある。


 しかし、不意討ちをするにしてもルイスの隠密能力では、兎の感知能力を上回ることは不可能。

 どれだけこっそり近づいても、絶対に気づかれる。


 では、魔術を使う兎にどうやって近づくか。

 ルイスのとれる選択肢は1つしか無い。耐えることだ。兎の魔術を正面なら受け止め、耐える。

 それしか方法がない。


 キュリーの話を聞き、そう結論づけたルイスは、ダメージを負う覚悟を決めた。



 D級ダンジョン『うさぎの楽園』第六階層。

 このダンジョンは、六階層から始まると言っても過言ではない。

 ここまでの五階層に出現する魔物の買い取り金額は全て400ゴールド。

 400ゴールドでは貧相な食事が1回取れるかどうかというところであり、まともな生活すら送れない。


 しかし六階層以降に出現する兎には角がある。

 その角には魔力が宿っており、肉体から切り離した後も魔力を保持し続ける。


 魔力があるということは薬や魔道具、武器や防具にも使える。

 粉にして薬の効能を上昇させたり、魔道具に組み込み、魔力の電池がわりにしたり、武器に魔力ダメージを与える効果を付与したり、防具を魔術にも耐えるようにしたり、と様々な使い方がある。


 様々なことに使えるということは需要があるということで、需要があるということは売れるということだ。

 ただの兎肉としてしか価値の無かった兎の価値がはね上がる。


 特に一階層の兎は一般人でも苦もなく狩れるため、この街では他の肉に比べて驚くほど価値が低い。

 しかし六階層以降は、一般人ではとても狩れないほど兎が強くなる。

 そのため、多い需要に供給は不足ぎみになり、角の値段が上がる。冒険者一本で生活している者は、六階層以降に潜る。


 そんな六階層に、ルイスは降り立った。

 他の冒険者達からしてみれば、やっと冒険者になったと言われるような事。これでやっと、冒険者として認められる訳だ。


 しかし、ルイスはそんなことは知らない。

 他の冒険者と会話をしたことも無いし、この街で行ったことがあるのは冒険者ギルドと公衆浴場、そしてこのダンジョンのみ。

 そんな状態で冒険者の登竜門と言われていることなど知っている訳がないし、そもそもこの街の常識、この世界の常識さえ知らない。


 それはさておき、ルイスは走ることなく慎重に兎を探した。

 魔術といえば冒険者ギルドでかけてもらった治癒魔術しか見たことが無い。

 よってルイスにとって魔術というのは未知の攻撃であり、未知ゆえに恐怖心も大きい。


 いつもどおりのスピードで、しかし慎重に索敵をしたルイスは、いつもより時間をかけて魔物を発見した。


 ダンジョンというのは下の階層にいけばいくほど、魔物の出現数が少なくなる。

 そして、このダンジョンの六階層は効率の良い狩場として冒険者が多い。

 そのため、ルイスはなかなか魔物に出会わなかった。


 ルイスが一歩一歩、ゆっくりと近づく。

 見た目はただの角が生えた白兎、その角白兎はすでにルイスの方を向き、警戒をあらわにしている。


 ルイスの恐怖心が膨れ上がる。

 理想としては、魔術を放つ前に角が光ったりしてほしい。

 しかし、キュリーに聞いた限り、そんなことも無さそうだ。


 まだ角白兎との距離が10mはあろうかという時、ルイスの右足の太ももに殴られたような痛みがはしる。


「うわっ! …いってぇ~」


 レベルが上がり、魔術に対する防御力である精神力が上昇しているため、想像していたよりも痛みは小さい。

 せいぜい赤くなる程度だろう。

 しかし、不可視の攻撃を受けたということに驚いてルイスは声を出した。


 せめて多少は見えるなどしてくれれば心の準備も出来るし、もしかしたら避けることも出来るかもしれない。

 全く察知出来ず、全ての攻撃が不意討ち。

 まだ足だったから良かったものの、顔面に受ければ痛みと衝撃でふらつくこともあるだろう。


 どうせ不可視で避けることが出来ないのならばと、ルイスはダッシュで角白兎に接近することにした。


 近づく間に二発の無属性魔術を食らったが、どちらも腹に食らったため、足を止めることなく接近に成功。

 近づいてしまえば五階層の黒兎よりも少し弱いくらいで、あっさりと狩ることが出来た。


「ふぅ、これヤバいわ」


 五階層までは物理攻撃のみだったが、避けることが出来ない魔術攻撃も加わった。

 物理攻撃だけならば、防いだり避けたりでダメージを受けないように立ち回れたため、体力が続く限り狩りが出来た。


 しかし、これからはHPが削られる。

 HPが無くなれば死ぬだろうし、不親切なことにステータス画面では、最大HPは分かっても残存HPは分からない。

 六階層からは、HP回復手段を持たない今のルイスでは、余裕を持った状態で撤退しなければならない。


 どうするかと考えながらも、ルイスは次の獲物を探し始めた。

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