第11話 旅人のスキル

 まだ昼間の空気の中、ダンジョンから冒険者ギルドに戻ったルイスはキュリーに魔術師について尋ねた。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です。今日は早いですね?」

「はい、ちょっと聞きたいことがありまして」

「なんでしょう?」

「ダンジョンにいるとき、他の冒険者の皆さんはどうやって水分補給しているんですか?」

「基本的には水筒でしょう」

「基本的には? やはり例外として魔法とかですか?」

「はい、魔法というかスキルですが、旅人というジョブに飲み水を出すスキルがあるのは有名です。しかし、転職条件が非常に厳しいので数が相当に少ないですが」


 どうやら、水分補給に使われるスキルは魔術師ではなく、旅人で得られるスキルらしい。


「魔術師じゃないんですね」

「魔物を殺すような勢いで発射される水を飲むつもりですか? 死にますよ」

「なるほど」


 この世界で魔術師系が使うスキルは、ほぼ全てが殺傷能力を持つ。

 1番威力の低い水系魔法スキルですら、スキル発動者のステータスが高ければ岩すら砕く。

 そんなものを壺などで受け止めようとしても壺が砕け散るし、直接口に発射すれば下手をすれば頭が吹き飛ぶ。


「水分補給を目的としたスキルが欲しいなら、旅人しか無い感じですか?」

「はい、そう言われています」

「じゃあ、旅人を目指すことにします」

「まあ、目指すのは自由です。おそらく無理だと思いますが」

「いえ、転職可能ジョブにもともと旅人はあったので、大丈夫だと思います」

「そうですか、でしたら問題ありませんね」


 そういえばそうだったなと、キュリーは思い出す。


 前回の狂気とも言える狩りを聞いた時も衝撃を受けたが、旅人の転職条件を満たしているということも衝撃だ。


 旅人の転職条件を満たすほどの距離とすれば、ここから最低でも2つは国を越えなければならない。

 初期のルイスのステータスでそんな距離を移動できるとは思わない。

 ダンジョンから漏れ出た野良の魔物に簡単に殺されるだろう。


 百では効かない数の奇跡を起こし、並外れた根性があれば可能かもしれない。

 キュリーは納得した。いや、納得したと言うと間違いだ。納得することにした。

 目の前の青年は並外れた根性を持ち、神に愛されるほどの豪運の持ち主なのだと。


 真実としては、ルイスは別に豪運ではない。

 根性も、レベル上げに関係無ければ人並みの根性しかない。

 ルイスは前世で小学生のころに1度だけ家族旅行でハワイに行ったことがあった。

 直線距離で約6000キロ。1000km以上の移動という、旅人の転職条件を余裕で満たしている。


「すみません、ありがとうございました」

「いえ、お礼を言われるような事などしていません。…手に持った兎の換金はいいんですか?」

「ああ、忘れてました。お願いします」

「はい、二匹で800ゴールドです」

「え? これ四階層の兎ですよ」

「色が違うだけで、肉として見れば大きさも一緒ですので、値段は同じです」

「…そうですか、ちょっと期待してたんですけど」

「六階層からは買い取り金額が大きく上がるので頑張ってください」

「分かりました。早く六階層に行けるように頑張ります」

「はい、お疲れ様でした」

「はい、失礼します」


 公衆浴場に向かうルイスを見送り、無人になった冒険者ギルドの受付でキュリーは呟く。


「どこから来たんでしょうね、あの子は」



 次の日の早朝、ルイスの姿はすでにダンジョンにある。

 出来るだけ早く、旅人にジョブチェンジしなければならないからだ。


 レベル上げの効率を上げるために、レベル上げをする。

 この無限のスパイラルに陥ると、ルイスはどうなるか。

 そう、テンションがぶち上がる。


 旅人になり、飲み水を出せるようになったら、次は魔物をおびき寄せるようなスキルも欲しい。

 おびき寄せるようなスキルを使えるようになったら、広範囲の魔物を殲滅出来るようなスキルも欲しい。

 こんなスキルも欲しい、あんなスキルも欲しい、欲しいスキルが無限にある状態だ。

 欲しいスキルを手に入れるために、ルイスは今日も明日もレベル上げに励む。


 何度か水分補給を挟みながら12時間ほど狩りをした結果、レベルが17まで上がった。


 普通の冒険者が13から17までレベルを上げようと思えば、2週間はかかる。

 ルイスのように金になる魔物の死骸を拾わず狩りを続けることはありえない。冒険者は、金の為に魔物を狩るからだ。

 他の冒険者から見れば、狂っていると言われることが間違いない狩りを、嬉々として行うルイスだからこそ、圧倒的なスピードでレベルが上がる。


「そろそろ五階層行けるかな」


 四階層の青兎も白兎と同じく、なんの苦労もなく狩れるようになった。

 一階層から四階層に降りてきた時に感じた、取得経験値の圧倒的な違い。

 四階層から五階層ではそこまで変わらないかもしれないが、それでもある程度は違うだろう。


 レベル上げをするときは自分が倒せる魔物の中で、できるだけ強い魔物を倒すのが鉄則。

 効率良くレベル上げできる条件が整っているにも関わらず、効率の悪い方を選ぶなど絶対に許されない禁忌なのだ。

 ルイスは取得経験値の増加を予想し、ルンルンで五階層に降りた。


 五階層に出現する兎は黒い。

 薄暗い洞窟で色が黒いということは、大きな武器になる。

 四階層の青兎も少し見辛かったが、色が黒いというだけでここまで見えづらいとなると、四階層とは別格の難易度だ。


 さすがに薄暗いとはいえ、ある程度見渡せるほどは明るいため、近寄ればしっかりと見える。

 しかし、走り回って見つけるのは少し難しくなる。

 四階層までなら別れ道で遠目に兎の姿を見つけることが出来ていたが、五階層の黒い兎は遠目にでは見つけることが厳しくなった。


「早いとこ、六階層に行った方がいいかも…」


 ルイスは五階層の黒兎を、余裕ではなかったが狩り、倒せることを確認すると、明日からは六階層に潜ろうと決め、ダンジョンを後にした。

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