第8話 子供たちの事情
ルイスは子供たちを引き連れ、ダンジョンをランニングしている。
後ろからついてくる子供たちは、開始5分で早くも息を切らせている。
「なんでっ、ダンジョンでっ、走るんだよ!」
「なんでって、白兎を探してるからね」
「だから! なんで! 走るんだよ! 歩けばいいだろ!」
「歩いてたら、見つけるまで結構時間かかるんだよね」
「くっそー! 意味わかんねぇ!」
「がんばれ~」
1番大きい少年はまだ話せるぶん、余裕がある。
他の子供たちはすでに一言も話さない。
「あっ、いた」
ルイスの目線の先には、こちらを警戒している白兎がいる。
すでに戦士のレベルが11になり、白兎の得意分野である素早さでさえ大きく上回っている。
そんなルイスの剣が白兎の脳天に振り下ろされ、一撃で白兎が絶命した。
「じゃあ、これよろしくね」
笑顔で死んだ白兎を差し出すルイス。
そんなルイスを、ぽかんとした表情で見上げる子供たち。
「「「すっげー!!」」」
「マジですげー! 一撃じゃん!」
「かっこいいー!」
「おっちゃんやるじゃん!」
子供たちの突然の豹変ぶりにルイスは少したじろぎながらも、ここまで手放しで称賛されれば悪い気はしない。
むしろ嬉しい。
「そう?」
「すげーよ!マジですげー!」
「かっこよかった!一撃で!」
「ふっふっふ、そっか」
「もう1回見たい!」
「よしよし、じゃあ走るぞー!」
「「「おー!」」」
テンションが上がったルイスと子供たちは、またダンジョンの中を走り始めた。
それから二時間、ダンジョンを走り続け、1人2匹づつ白兎を持つころには、子供たちは死んだ目をしていた。
ルイスが加減をして子供たちでも余裕がある速度で走っていたが、二時間ほぼぶっ通しで走り続けるのは、子供たちにとって初めての経験だった。
「休憩にしようか」
「…うん」
今度はゆっくりと歩き、ダンジョンの入口に向かう。
外に出た子供たちは、地面に大の字に寝そべった。
「舐めてた、冒険者舐めてた」
「お疲れ、でも頑張ってたよ」
「うん、頑張った」
ルイスは子供たちの近くに自分が持っていた白兎を置き、ダンジョンの中に戻る。
子供たちはダンジョンの中に戻っていったルイスを、静かに見送った。
「冒険者ってすげーな」
「うん、すげー」
ルイスはそんな会話を聞くことも無く、昨日までと同じようにレベル上げを再開した。
ルイスが1人でダンジョンに入り、二時間ほどがたった。
水を飲もうとダンジョンから出て井戸に進む。だいたいこれくらいの間隔で喉が渇くのだ。
すると井戸のそばで子供たちが火をおこし、棒に刺した兎肉を焼いていた。
「あっ、食べる?」
「おっ!食べる食べる!」
ルイスはまる2日食事を取っていない。
ダンジョンに来て空腹を忘れていたが、焼かれている兎肉を見て空腹を思い出した。
本来なら、白兎は冒険者ギルドに持っていかないと行けないが、子供たちはルイスなら怒らないだろうと判断し、無断で肉を焼いている。
しかし、子供たちがいなければどうせ捨てるだけの肉だ。
別に食べられても問題無い。冒険者ギルドに持っていったところで、たかだか一匹400ゴールド。
2000ゴールドで子供たちに食事を奢ったと考えれば悪くない。
それだけ頑張ってくれたと思う。
自分達で食べるため丁寧に血抜きが行われ、毛をむしって皮を剥ぎ、こまめに火加減を調整しながら焼かれている兎の肉は、とても美味しそうな匂いを発している。
一応、ルイスに怒られても誤魔化せるようにルイス用に一匹余分に用意していたのが功をそうした。
「これ、おっちゃんのために用意してくれたんだろ? めっちゃ嬉しい、ありがとね」
ルイスが嬉しそうに焚き火の前に座るのを見て、子供たちは安心した。
大丈夫そうだ、怒られることはない、と。
「多分もう焼けたぜ」
ルイスが焚き火の前に座り、5分ほどたったころ、1番大きい少年の号令がかかる。
1人1人、自らの前で地面に刺さっている兎の丸焼きを持ち上げ、笑顔を見せる。
ルイスにとっては2日ぶりの食事であるし、子供たちにとっては、普段の生活で兎の丸焼きを1人でまるまる一匹分食べることなどない。
要するに贅沢な食事なのだ。
「いただきます」
「「「天に召します我等が神よ……」」」
ルイスが食べようとすると、お祈りが始まってしまった。
手に持った兎の丸焼きから油が滴り落ちる。
空腹を思い出したルイスの胃袋が爆音で鳴り響いているが、子供たちは気にも止めず熱心に何かの神に祈っている。
さすがにこの状況で1人だけ食べることはできない。
ルイスはおとなしくお祈りが終わるまで待つことにした。
数分間にもおよぶ長いお祈りが終わり、ルイスが食べようとすると隣に座る1番大きい少年がルイスに文句を言い始めた。
「おっちゃん、食べる前にはちゃんとお祈りしないとダメなんだぜ?」
「そんなこと言われても、おっちゃん神とかあんまり信じてないし」
「は? 信じてないってどういうこと?」
少年は、本気で疑問に思っている顔でルイスに問いかける。
人は生まれた時から親しんでいる文化を疑うことは無い。
この子たちは熱心な宗教信者の親に育てられたのだろうと当たりをつけ、返事をした。
「神様なんか居ないと思ってるってこと」
「はあ? そんなわけねえよ、シスター達が居るって言ってたし」
「シスター?」
「教会のシスターだよ」
「なんで教会のシスターの言うことを信じるの?」
「なんでって、俺たちの母さんだからだよ」
ルイスは首をかしげる。
シスターが母さんというのは、母さんがシスターをやっているということだろうか。
それとも、この子たちは教会で暮らしているのだろうか。
さっき、俺たちの母さんと言っていた。
母さんが同じということは、この子たちは全員兄弟でなければおかしい。しかし、目の前の少年以外はどうみても同い年くらいに見える。
ということは、この子たちはおそらく孤児で、教会に併設された孤児院か何かで生活しているということだろう。
「ん~、まあ、とりあえず食べようよ」
「そうだな、でもちゃんと次からはお祈りしないとダメだぜ?」
「分かった分かった、いただきま~す」
「ほんと、おっちゃんはしょうがねえな」
出来の悪い弟に言い聞かせるような口調で、ルイスに説教をする少年。
その声を聞きながら、こんがりと焼けた兎にかぶりつく。
ルイスの表情は、2日ぶりの食事を取っている幸せそうな顔には見えなかった。
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