4話 異世界風物詩

 少女は何も言わない。やはり裸を見てしまったから怒っているのだろうか。

「や、ごめん。でも君の体を見たのは事故で、悪意があってじゃないんだ」

 彼女は俺を見上げ、首をひねる。怒ってはいないようだ。じゃあなぜ話してくれないのだろう。

「あのもしかして、いや違ったら怒ってくれていいんだけど、もしかして話せないとか?」

 彼女はこくこくと頷き、それから自分の体を指さし始める。顔、胴、左腕、両足、そして最後に胸の辺りを指さした。

 困った。何を言いたいのか全く分からない。多分、俺が特別に察しが悪いということではないと思うが……。

「君はどこから来たの?」

「あの右腕は何処に行ったの?」

「何歳?」

 すべてに首を傾ける。というか、喋れないのだから聞いても仕方がないのに。どうするべきだろう。ここに放っておいていいのだろうか。でも危険だしなあ。かといって自分に同行させるのも、犯罪っぽいしな。




「あれ、その子どうしたんですか」

 背後から女性の声が聞こえた。振り返ると、さっき俺の裸を見た女の子だった。

「いや、ここで女の子と会ったんだけど、話せないみたいで。どうすればいいか」

 右腕が変形したことは言わないでおいた。頭がおかしくなったと思われたくなかったからだ。

「へー、かわいい子ですね。ちょっと待ってください」

 そう言って彼女はその子に近づいた。顔を掴むと、自分と相手のおでこを合わせる。そこまでは頭が回らなかった。もしかすると体調が悪いのかもしれない。

「この子、右腕何ですか」

 彼女は驚いている。俺も驚いている。何で分かったんだろう。




「いや、私エルフなんですよ。それで、ちょっとした魔法で彼女の記憶を見てみたんですよ。そうしたら。何でこの子は腕なんですか、そういう種族なんですか」

 情報量が多すぎる。少し整理させてほしい。エルフっていうのは確か、耳が長くて魔法が使える空想上の生き物で……。

「ちょっと待ってくれ。君がエルフっていうのは?」

 彼女は自分の疑問が無視されたので、不満そうだった。しかし自分の髪の毛をかき上げて、耳を見せてきた。しかしその耳は普通の耳だった。いわゆるエルフ耳というような、ギターのジャズピックのような形ではなかった。どちらかと言うと、典型的なティアドロップスピック。

「普通の耳だけど」

「ちゃんと見て。しっかりじっくり、爪切りした後の指を見る感じで」

 そう言われ、もう一度じっくりと見る。そういわれると、少し長くて尖っているように見えなくもない。

「うちのお父さんが異世界転生してきて、お母さんと結婚したってわけ。それで、耳はこんなふう。最近は若者だけじゃないみたい」

「へー。それで魔法使ったってことか」

 もう何でもいいや。右手が人間になるんだから、耳がそれっぽくないエルフもいるだろう。

「そう、それで記憶を見たんだけど。え、どういう事ですか。というかどこから腕を取って来たんですか」

「その記憶では、何で腕だけになっていたんだ?」

「いえ、そもそもあまり記憶が無くてさかのぼれなかったんですよ。まるでついさっき生まれた赤子みたいな感じで。というか、あなたはなぜこれを持っていたんですか」

「知らないよ、俺も記憶がないんだ。目を覚ました時にそれだけ持っていたんだ」

「あの、裸の時ですか?」

「それは悪かったって」




「じゃあ、私が見てみますよ。あなたの記憶」

「いいのか。それではよろしく頼む」

 彼女と俺のおでこがくっついた。なんだか恥ずかしい。これはただの魔法だと分かっているが、それでもすぐそばに彼女の顔がある事に緊張する。彼女は目をつぶっている。というか、何で彼女は躊躇ちゅうちょがないんだろう。やっぱり裸を見たから、やけになっているのだろうか。さっきも裸について言ってたしな。というかそれよりも、気軽に頼んだが大丈夫だろうか。以前危惧きぐしたように、記憶を失う前の俺はサイコ野郎かもしれないのだ。もし本当にそうならば、裸を見せたどころの話じゃない。人殺しの犯罪者だ。そうなれば、もう彼女ともお父さんともこれまでのように接することはできないだろう。軽蔑けいべつと恐れを一身に受け、牢屋に入れられるだろう。

 彼女はおでこを離した。その顔からは驚きと、嫌悪感が感じられた。ああ、そうか。やっぱり俺は、人を殺していたのか……。心が冷えていく。急に自分が嫌な人間になった。全身から血の匂い、耳には叫び声の幻聴。

「あなた……最低」

 そうなるだろう。彼女の反応は最もだった。俺も自分が最低だと思う。

「アイスのフタをぺろぺろめてるなんて」

 お前は何処どこの記憶を読んでるんだ。



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