2話 トゥーキック炸裂

「きゃああー」

 女の子が悲鳴をあげながら逃げていく。

「違う、誤解なんだ」

 彼女を走って追いかける。このまま帰してしまえば、俺の刑務所行きは確実だ。どうにかして分かってもらわないと。

 女の子は足が速い。全速力を出さないと振り切られてしまうだろう。俺は頑張っているが、なにぶん全裸なので走りづらい。足の裏には石や踏み潰された虫の死骸の感触がダイレクトに伝わるし、あれが揺れるので痛い。全裸は生活するのに向いていないなと思う。アダムとイブが知恵の実を食べて、服を着たらしいがそれは正しかった。




「はっ、はっ、はっ」

 しばらく走り、彼女の息が切れてきたころ前方に小さな小屋が見えてきた。木で作られた、いかにも木こりが作りましたというような家だった。

 マズイ、この状況を誰かに見られたらもう言い訳できなくなる。しかも事故だけど、彼女からしたら普通に被害者だもんな。

「ごめんなさい、違うんです。本当に」

「助けてー、お父さん」

 少女がそう叫ぶと、小屋のドアが開いた。中からは屈強そうな男性が出てきた。こっちを見ると同時に走って来た。距離があっという間に詰められた。

「ふんっ」

 男のストレートが僕の顔面に繰り出される。

「ぐお」

 間一髪頭を後ろに引いて、避ける。

「お前、ウチの娘に何した。オイ」

 怒鳴って言った。

 俺は両手、両もも、頭を地面に付けた。

「すみませんでした」

 それは世間でいうところの土下座と言うものだった。自分で見ても結構きれいな土下座だと思う。もし社会人のハウトゥー本が出たら、お金を貰って掲載させてあげてもいいぐらい。

「ぐふっ、う」

 お父さんのトゥーキック顔面に炸裂。鼻から血が出て、後ろに吹き飛ばされる俺。脳内に響くお父さんサポーターたちの歓声。ワーーーーー、ナイッシューーーーーーーーー。土下座をすれば何でも許されるという認識は改めるべきだろうなと、頭の冷静な部分で思った。




 気づくとベッドの中にいた。やけに大きな服を着させられている。少し鼻に来る臭いがする。多分あのお父さんの物だろう。彼の名誉のために強調しておこうと思う。別に臭くはない。ただ言葉では言い表せない臭いがするだけだ。

 辺りを見渡すと、そこは至る所にマトリョーシカが置かれていた。どこを向いてもそのどれかと目が合う。少し気分が悪くなってきた。

「あれ、起きた。お父さん起きたよ」

声のする方を見ると、すぐそこにあの子が椅子に座っていた。ドアの外に呼び掛けている。

 ドアノブが回った。お父さんが部屋に入って来た。厳格な表情だった。

「すまなかった。少しやりすぎたようだ」

「いえ、もとはこっちが悪いんで気にしないでください」

「……」

「…………」

「あの、自分記憶が無くて何も分からないんですよ」

「自分の名前も分からないのか?」

「はい」

「そうか……。じゃあ今日から君の名前は高速まる出し男だ」

「え、高速まる出し男!」

「いい名前だろう。ネーミングセンスには誇りがあるんだ、俺」

「ちなみに娘さんの名前は何ですか?」

「アン・〇サウェイ」

「嘘だ」

 どんなセンスなんだ。どこかから訴えられそうである。

「じゃあ、あなたの名前は?」

「豊臣秀吉」

「いや、猿じゃん」

 海外スターと日本のスター。いや、秀吉はスターなのか?草履を抱いて温めたのはいかにもスターの下積み時代と言えなくもないが……。

「冗談だよ。俺の名前は源一郎だ。で娘はアン」

 娘はマジなのか。というか、あんたは渋いな。




「それよりもここは何処なんですか?」

「どこって、パノラ国ヒール山だよ」

「日本じゃないんですか!」

「ああ、あんた日本から来たのか」

 お父さんは驚いたように言った。

「そう言われれば、黒い髪に黒い瞳。まるっきり異邦人の特徴だな。それにしてもこんなところにいるなんていつぶりだろう」

「何の話をしているんですか」

「そういえば、あんたは記憶がないんだったな」

俺は身構える。彼の次の言葉が恐らく自分にとって衝撃的な物であることを察知したからだ。

「あんたは日本からパノラ国に召喚された。つまり異世界転生ってやつだ」

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