プラモデル型女神 組み立ての旅

普川成人

1話 記憶と手首

 夢を見ていた。

 降りしきる雨の中、俺は何かを受け取っていた。その何かからは水が滴っている。いや水では無かった。それは目が覚めるほどの紅。俺は切断された手首を受け取っていた。



 目を開くと青色の空が一面に広がっている。言葉通りに青空しかなく、どこにも白い雲は見当たらなかった。思わず目を閉じる。それは眩しかったからかもしれないし、ろうそくに着いた火を眺めている時のような、一見穏やかで心が落ち着くが、でも眺めすぎていると眼球にその明暗が焼き付いてしまうような錯覚にとりつかれてしまったからかもしれない。

 目を休めて今度は辺りを眺めた。見渡す限り木が生い茂っていた。俺は木には詳しくないので、何の木なのかは分からない。でも葉の形なんかを見る限りでは、どれも違う木のようだ。いわゆるスギやヒノキなどの決まった木しか生えていない人工林ではなく、全く自然のままに育っている天然林であることが分かった。

 どうやら俺は人が立ち入らない森の中にいるようだった。なんでこんなところにいるんだろう。記憶を遡ってみる。

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 分からない。自分がここにいるのか、そしてそれ以前に自分が誰なのか分からない。記憶がないというわけでは無いが、それはアマゾンプライムの契約を切り忘れて500円引き落とされて歯噛みしたり、犬の尻を嗅いでいたりする記憶しかない。つまりこれまでの記憶が線としてあるのではなく、所々点として、しかも特に自分にとって重大と思えるような記憶はない。

 そんな記憶で自分がなぜここにいるのか、ましてや自分が誰なのかなんてわかるはずがない。アマゾンプライムは解約し忘れる人なんて世界中にいるだろうし、犬を飼っている人は自分の犬の尻を嗅ぐだろう。

 

 俺は誰だ。なぜこんなところに一人でいるんだ。動揺して、手のひらは汗で光っている。

 いったん落ち着いて考えてみよう。手や足の大きさを見る限りでは子供というわけでは無いだろう。

「あーー」

 一度声を出してみると、すでに声変わりをしていた。ということは10歳よりも年を取っている。

 持ち物から身元を特定できないだろうか。俺はズボンのポケットに手を突っ込んだ。何やらツルツルとした硬いものに触れる。取り出してみると、それは瓶づめされた手の平だった。

「えっ」

 手から取り落としてしまう。瓶は地面に何度かバウンドした。瓶の中は黄金色の液体で満たされており、手首はその中を漂っている。

 自分の手ではない。俺の手は2本ともそろっている。じゃあいったい誰のだろう。




 もしかして、俺が殺したのか。そして死体から手首を切り取って、瓶詰めにして持ち歩いているんだろうか。まさか俺の正体はサイコキラーなのか。




 意外なことに見ていて嫌悪感はなかった。手首の断面からは骨や肉が見え、少しグロいが、他の部分はそうでもない。というよりも美しい。シミや傷跡なんか無く、どこを見ても真っ白だ。死体の白色と言うよりは、生きていて血の通っているような白色。大きさからして女性の物だろうか。指は細く、そして長い。ただ細いのではなく、適度に脂肪がついている。記憶を遡ると―自分に関する情報が無いだけで、それ以外の記憶はあるみたいだ―細い指を見たことがある。指が細すぎて、関節の部分だけがぼっこりと膨らんでいる手だった。それを見て、ハリーポッターのダンブルドアの杖みたいで気持ち悪いなと思った。それと比べれば、いや比べるまでもなくきれいな手だった。

 ドラえもんで人体とりかえ機というサイコな道具があったと思う。名前通り相手と自分の体をパーツごとに取り換える事ができる。それでスネ夫がしずかちゃんの手にあこがれて自分の手と入れ替えていた。読んだときはコイツ何言ってんだろうとしか思わなかったのだが、今スネ夫の気持ちが分かった気がした。こんなにきれいな手を見たのは初めてだった。 


 それを茂みの中に放り投げようとしたが、少し考える。本当にそれでいいのだろうか。今自分が何でなぜここにいるのかを解明するカギはこれしかない。でも記憶を取り戻してもサイコキラーなら嫌だ。そんな人間には戻りたくない。記憶があった方がいいのか、無い方がいいのか。

 考えた末にそれをポケットに戻した。一時保留にしておこう。

 服を調べた結果、他には何も持っていなかった。いやもしかすると体のどこかに隠しているかもしれない。俺は記憶喪失者が出てくる映画のように、どこかに入れ墨なんかでメッセージを書いていないか探してみることにした。来ていたTシャツとズボンとパンツを脱ぎ捨てる。

 そこそこ引き締まった体だった。腹筋は割れており、そのまま下に行くとペニスがある。大きいのか小さいのかは他人の物を見たことが無いので分からない。陰毛が生えていた。さっきの声といい、俺が10歳以上であることは確実のように思える。




 その時女の子の悲鳴が後ろから聞こえてきた。

振り返ると少女がいる。これはまずいな。俺は今裸で女の子と二人きり。このままじゃ痴漢になってしまう。一旦彼女を落ち着かせないと。

「へろおー」

俺は笑顔で彼女に言った。彼女の顔は青ざめている。あ、これダメだ。


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