第12話・共同研究

「お願いします! 僕を助けると思って!」

「そんな暇じゃないんだ。この間思い付いた魔法道具を完成させなきゃいけないんでね」

「こっちの命が懸ってるんです!」

「技術の発展に犠牲はつきものさ!」

 ガッデム!

 これだからメカニックって奴は!

 立場だけは奴隷だから、仕事しないと本当にヤバいのに!

 あぁクソ! 作業再開しやがった!

「ち、ちなみに、どんな道具なんですか?」

「君に理解できるとは思えないが……、これが設計図さ」

 何とか向こうの意識をこちらに向けようと、とりあえず向こうの目的にフォーカスした話題をひねり出した。

 見せてもらった設計図には、ざっくり要約すると、キーホルダーくらいのサイズ感でそこに魔法をストックできる道具の事が描かれていた。

「魔法をストックしておく装置、ですか。これで詠唱の手間を省くと」

「戦闘における魔法の有無は、勝敗の左右に大きく影響する。パーティーを組んでいたとしても、やはり不足するのは魔法の要素。それを補える道具を作りたくてね」

 キャビスは口調は冷静に語るが、イライラが募っているのか、ガシガシ頭を掻いている。

「しかしこれがどうにも上手くいかない! 棚みたいな仕切りがあるわけでもないから、複数の魔法を収納すると打ち消し合ってしまう!」

「なるほど……」

 話を聞きながら、床に試作品と思しきものが落ちているのを見つけ、拾い上げる。

 見てみれば、どうやらカスタム自体は簡単にできるようになっているらしい。

 しかしこのキーホルダー(仮)、魔法式自体が複雑過ぎて、かえって容量を圧迫してしまっているな。

 ここをこうして……。

「ほら、開発の邪魔だ。とっとと帰ってくれ。父様には上手いこと言っと……何してる?」

「あの、これってこういう感じの方が上手くいくと思うんですけど、どうです?」

 勝手にカスタムしたキーホルダー(仮)を返す。

 キャビスはそれを受け取り、まじまじと見つめ、魔力を込めて試運転を開始する。



「あっぶね!」

 キーホルダー(仮)が火を吹いたので、それをバリアで受け止める。

 急ごしらえの改造だったが、思いの外簡単に発動してしまったな。

 ちょっと不味ったか、と不安気にキャビスの顔を伺うと。

「ンンヌヌヌゥ、盲点!!!!」

 直前まで書いていたと思われる資料をぶん投げていた。



「あ、あのー」

「そうか、魔法そのものを込めるのではなく、式を複数設定して、魔力を該当箇所に込めるとその式に応じた魔法を……」

 ブツブツと何かを呟きながら新たな資料を作成しているキャビスには俺の声は届いていない。

 俺が施した改造というのは、ストックするものを変える、ということだ。

 発動した魔法を空の容器にストックすると、中で混ざり合って消失してしまう。

 ならば、ストックするものは発動する前の魔法。

 つまり式の方だ。

 これなら内部で動くことはないし、仕切る事も容易い。

 さらに魔力を込められる場所を複数作っておき、そこにそれぞれ魔力をストックしておけば、任意のタイミングで任意の魔法を発動できるという仕組みだ。

 さっきは簡単に魔力が許容量を超えてしまった為に誤発動してしまったが、キャビスが仕上げればそんな事も起こるまい。

「君! ソロバルトと言ったね!?」

「は、はい」

「こっちの魔法道具はどう見える!?」

「え、ええと」

 そっからは試作品と設計図をひたすら渡され、俺なりの解釈で改造をやらされる羽目になった。

 その場その場で仕上げろとか、現役システムエンジニアでももうちょい納期あるだろ。当日の夜までとか。

 そして、無限に溢れるタスクをこなしている内に、気付いたら時刻は夕方になっていた。



「……まさか、本当に出てくるとはな。キャビス」

「恩義には相応の代価を。彼は私の開発に大きく貢献してくれました。ならば、その礼を返さねば筋は通らない。そうでしょう父様」

「そもそも恩義が無くても出てきてくれなければ困るんだがな」

 こめかみを押さえるニルコータ伯爵。

 分かる。許されるなら俺も叫びたい。

「まぁ、お前に対しての話は後だ。とりあえずソル君。よくやってくれたね」

「は、はぁ。お力になれて何よりです」

「取り敢えず隷属の紋は消しておくよ。これで君の命は、再び君の自由になった」

 よっしゃ! 長かったぜ奴隷ライフ、グッバイ!

 まぁ全然奴隷待遇じゃなかったけど! 超優遇されてたけど!

「さて、これからの事についてだが。キャビス、45日後の王城パーティーに私と共に出席し、少しばかり働いてもらうぞ」

「分かりました」

「……」

 キャビスが即答すると、伯爵は文字通り開いた口が塞がらない顔を見せた。

「……失礼。また部屋に引き籠もるものとばかり思っていた」

「それは現状必要な開発のタスクが終了しているからです。それに、彼がいる限りはもう今後引き籠もる様なタスクも必要なくなると思います」

「ソル君。君は一体何をしたんだ?」

「え、いやぁ、少しばかり、素人目線での意見を出させていただいたというか」

「素人意見ね。君の発想は、それこそ魔法道具開発の分岐点と言っても過言ではないものだったんだがな」

 やめろやめろ。

 お前が褒めるとまた変な仕事が増える気がする!

「……やはり僕なんかより、天才ってのはいるもんだな」

 ボソッと、キャビスが何かを呟いた気がするが、気のせいだろうか。

「まぁ、それならそれで、こちらとしては有り難いんだが」

 伯爵はそう言って咳払いをする。

「話を戻そう。今回の目的は、3年後の王立学院入学に向け、各貴族とのコネ作り、試験申し込みだ。王城街に行ける頻度は決して高くない。今回で一気に片付けるぞ」

「僕には荷が重いと思いますが、分かりました。詳しい話は明日また伺います。取り敢えず容姿を整えなければ」

「話が早くて助かる。そうしてくれ。それと、ソル君。君はヘイディと共に我々の不在の間に屋敷の警護を頼む。まだ他の貴族の襲撃は続いているからね」

 襲撃って言っちゃったよ。

 俺が来てから1年間ずっと、オブラートに包んだ表現してたのに。

 息子が出てきて安心しちゃったのかしら。

「奴隷契約は既に終了している。これは奴隷としての命令ではなく、あくまでソロバルトという一人の個人への依頼だ。報酬は支払う」

「承知いたしました。必ずや、お帰りまでの間、この屋敷には鼠一匹通しませんとも」

「君も即答か……。頼もしいね。期待してるよ」

 トホホ、受けちまった。

 仕事を目の前に出されると断れなくなるのは、前世からの癖だな。

 ま、下手に動き回るより、ヘイディが近くにいるならまだその方が安全だな。

 暫くはここでお世話になることにしよう。

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記憶以外はど素人の異世界転生 下り坂 @hikageniwatori

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