第11話・達成感
ニルコータ伯爵に、引き籠もりの子息の相手を任されてから丸一年が経過した。
……言いたい事が分かるだろうか。
「出て来ねぇ!!!!」
最初は言葉で説得しようとしたが無反応。
次に実力行使に出たが妙な結界に弾かれる。
終いには屋敷をぶっ壊そうとしたがヘイディの一斬を受けて断念。
そんな事を繰り返して丸一年経ってしまった。
俺は五歳に、否、誕生日が近いのでもうすぐ六歳になる年になった。
「工夫を繰り返して何とか、ってつもりでいたけど、頭打ちだな……」
全く冗談じゃない。
中身はともかく、身体は大人から見ればまだ生まれて間もない子供だ。
この世界では子供が日銭を稼ぐ為に働くのは当たり前、というのは知識として理解してはいたが。
待っていた仕事がここまでの重労働だったとは。
「とはいえ、衣食住に小遣いまで貰ってるから、環境に文句は言えねぇよなぁ」
この一年、とにかく引き籠もりにコンタクトを取る為に奔走、だけをしていたわけではない。
この世界の成り立ちを学び、国の地理歴史、魔法や武術の流派を知り、稀に外出許可を得て街を見て回ったりもした。
俺は兎に角知らな過ぎる。
死が当たり前のこの世界での無知は、日常生活一つ取っても丸腰で戦場にいるのと同義だ。
「まさか不仲の貴族の挨拶が殺し合いなんて誰も思わないじゃん……」
あれは本当に驚いた。
伯爵に「今日はお客さんが来るよー」って気軽な感じで言われたから、掃除とかしてたんだ。
そしたらいきなり屋敷が爆撃されて、何だと思ったら、確かにお客さんだったよ。
数人の屋敷相手に、数十人の兵隊を連れた団体のね!!
ヘイディが
伯爵曰く、今この領地は経済が破綻しかけており、それで領主が失踪したらしい。
それで領地内の貴族の争いが激化、派閥が違うだけで内紛が始まる程荒れていると。
今回のお客さんは元々同じ派閥だったのだが、他の貴族に買収されてこの暴挙に出たようだ。
それでもヘイディの対応が遅れなかったのは、派閥内外を全く信頼をしていないニルコータ伯爵の采配あってこそだそうだ。
もうあの人が領主で良いんじゃないかな。
「ソル、今日も行くのか?」
途方に暮れていると、ヘイディが部屋に入ってきた。
「うん。丸一年かかったけど、やっと突入できそうだよ」
「難儀な事だな。坊ちゃんも悪い子じゃないんだが、如何せん自己評価が低過ぎる所があるからな」
どこの世界でも、引き籠もりになる理由は共通か。
ちなみに、ヘイディには敬語を解くように言われた。
この女剣士は元々国家騎士団所属で、騎士団退役前はそこそこの地位に就いていた。
が、折角職を離れたのに団の部下がいるみたいで嫌だと俺の敬語を嫌った。
「しかし、変わり映えの無い一年を過ごすと、あまり実感が湧かないもんだ。お前がもう五歳とはな。いや、もうすぐ六歳か」
「本当にね。まさかここまでかかるとは思わなかった。そのおかげでヘイディと訓練できたと思えば、まだ報われるかな?」
「そうだな。この一年で、お前の剣技は間違いなく成長している。子供の成長とは早いものだ」
うんうん、と頷いているが。
お前そもそも何歳だ。
ヘイディに限った話じゃない。
この世界の子供は身体の成長が早すぎる。
俺も六歳にして十二歳位の身体付きになってきている。
天眼持ちが特別だと思っていたが、普通の人も同じだ。
しかも、老化が遅い。
二十代の見た目の伯爵が三十超えてる人だとは思わなかった。
ベジタブル惑星の野菜人かよ。
「師匠が良いからね。さて、じゃあ行って来ようかな」
「あぁ。屋敷壊すなよ」
「もちろん」
「遂にこの時が来たな」
丸一年。丸一年かけて、いよいよこの開かずの扉を破る日が来た。
魔法の知識を蓄え、剣を学び、身体を鍛え、トライアンドエラーを繰り返し。
今日、この日。
俺の集大成を、この屋敷の扉にぶつける。
この扉はただの扉に非ず。
俺がこの世界で生きていく為の第一歩、中ボスだ。師匠だ。
随分と苦しめてくれた。
俺は頭の中でイメージした形を、魔力を集めて練り上げて、再現していく。
そしてそれを、思い切り扉に叩き付ける。
「短い期間でしたが、お世話になりました!!!」
そう叫んで、扉をぶち抜く。
ぶつけた魔力の塊を、蹴って。
大きな音と共に、扉は部屋の中にふっ飛ばされる。
扉そのものを壊す事は叶わなかったが、結界をぶち抜き、壁から離すことに成功した。
それを認識して俺は、雄叫びを挙げた。
「い……っよっしゃぁぁぁィッ!!!」
基礎魔法の習得に始まり、式展開、強化、同時発動、複合、連射、圧縮、内包、具現化、事象化、対自然試作、解明、否定。
武術の修行も、型の習得、反復、実戦、流派の解明、武器そのものへの仕込み、肉体鍛錬、対単体研究、対多人数研究、調整。
思い出すのも困難というか拒絶したくなる程、色々やって、積み重ねて、やっと乗り越える事ができた。
父と母の理解、エルバとの決闘、伯爵やヘイディの協力があって成し遂げた。
前世の経験分、大人ではあるが、子供の心身でよく耐えた、俺!
「さぁて、部屋主とご対面だ……」
喜びもつかの間。
俺は本来の目的である伯爵の息子のご尊顔を拝んでやろうと部屋に足を踏み入れる。
他人の部屋に土足で踏み込むのは気が引けるが、それはそれ、これはこれ。
稼ぎを貰っているれっきとした仕事だ。その分はしっかり果たさないと、な。
立ち上がる埃を払いながら少しずつ進んでいく。
真っ暗だった部屋に、廊下の光が薄く差し込み、部屋主のシルエットがぼんやりと浮かぶ。
それを見て俺は戦慄した。
そこにあるのは人ではない。
何か別の生き物。
箒の様なものを床まで垂らし、引きずり、モゾモゾ動いている。
脳が認識を拒絶するものの、無事それを受け止めると。
「キャァァァァお化けェェェッ!!!」
「不法侵入しておいて失礼な!!!」
先程の雄叫び以上の声量で叫び、部屋主に正論で殴られるのだった。
魔法で部屋を簡易的ではあるが明るくする。
……魔法とは名ばかりで、蝋燭に火を点けただけだ。
俺達二人は座って向き合う。
俺は奴隷なので床に正座、部屋主は椅子に。
「えーと、改めまして、奴隷としてこの家に雇われました。ソロバルトです。この度、仕事で貴方の部屋の扉を壊す命を受け、壊させていただきました」
「ニルコータ家のキャビス。ご覧の通り、引き籠もりです」
そんな誇らしげに言う事だろうか。
いや、多分同じ立場なら俺でも言うか。
「まぁ父から色々頼まれているんだろうけど、取り敢えずこっちから良いかな?」
「はい」
「どうやって結界を破ったの?」
「蹴りました」
「僕が確認した記憶が正しければ、君が修行していたのは魔法と剣だよね?」
「はい」
「もう一回聞くよ。どうやって結界を破ったの?」
「蹴りました」
頭を抱えるキャビス様。
そんな反応をされても、蹴ったとしか言いようがない。
あの結界は緻密に練られた式に応える様に、薄く硬くなっていた。
無駄に光ることも、広範囲にすることもなく、ただ対象を守る為の硬い硬い結界。
それが何枚にも丁寧に重ねられて、突破するのが困難な物に仕上がっていた。
厳密に言えば破壊まではできる。一点集中で最高威力を数十回叩き込めば良い。
そうすれば結界は壊れ、扉だけが残る。
だが、扉を破壊するまでに至らない。
扉そのものもまた、強固な結界だからだ。
一回目の破壊でそれに気付き、魔法での破壊を試みたが、魔法は式の質に押し負ける。
剣での破壊を試みたら、剣を振るう前に最初の結界は修繕されてしまう。
色々考えた結果辿り着いた答え。魔法を放った瞬間に突撃し、蹴る。
閃いた瞬間、己の発想に震えた。
重さのある剣よりも自由に動き、且つ、威力が出る蹴りこそ、人類最高の攻撃ではないか。
やはりステゴロは最強。
「いや、おかしいからね? そんな威力で蹴りを繰り出せる事がそもそも」
「身体を鍛えてくれる先生が良かったもんで」
ヘイディは偉大。
「はぁ。まぁいいや。それで? 父様に頼まれて扉を壊したんだろう? 僕に何をさせようってんだい?」
「あぁ、そうそう。達成感に浸っていて忘れるところでした」
「……チッ。言わなきゃ良かった」
危ない危ない。
自分から言い出してくれて良かった。
このまま帰ってたらまた引き籠もるだろうしな、この人。
「えぇと、伯爵、御主人からの伝言をお伝えします。自立しろ、だそうです」
「だよねー。……断る!」
そう言うと思ったぜ。こりゃまた難航しそうだな。
この人の世話に、これから何年かかるのやら。
俺はお先の見えない未来を想像し、肩を落とすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます