第10話・引き籠もり

「ここが、私の屋敷だ」

「デカい……」

 ニルコータ伯爵に案内されてきた屋敷は、我が家とは比べ物にならない程デカかった。

 隣にある我が家と同じ様なサイズの建物はというと、

「あれは工房。時間がある時に行くと良い。好きに使えるよう許可は出しておこう。それより、中へ」

 伯爵に促されて、玄関を通る。

 玄関一つで、既に我が家の居間サイズである。

 あれなのか。かつての日本人の様に、土地の大きさこそ正義だとでも言うのか。

「こっちだよ」


「は?」

 目の前の光景に絶句する。

 何だこれは。

 これが居間だと言うのか。

 下手すりゃ村長の家と同じサイズだぞ。

 素人目にも明らかに質の良い木材でできたテーブルに、やたら肌触りの良いクロス。

 椅子もフカフカ、絨毯も綺麗に整えてある。

 壁には蝋燭、天井にはシャンデリア。


「掛けてくれ。一応私の所有物奴隷だから、客間には案内してやれないんだ。すまないね」

「いえいえ、そんな恐れ多い……」

 促されてしまったので断る事もできず、浅く腰掛ける。

「あはは、固いなぁ。リラックスしてくれよ。ここは私室、今この場にいるのは私と君だけなのだから」

 居間じゃなくて私室かよ。

 じゃあ居間はどんな風になってるんだ。

 ていうか、ヘイディはどこ行った。

「ヘイディは今訓練場だよ。君と話す為に少し外してもらった。ここはプライベート用の私室で、個人的な友人を招く為に使っている。仕事用の私室は隣だから、覚えておいてくれ」

 私室が二つて。

 今世どころか、前世でも無かったぞそんなの。

「さて、まずは今回の件について話をしようか」

 話とは、決闘の事か、奴隷の事か、それともヘイディが言ってた事についてか。

「順番に話していこうかな。まずは君とエルバの決闘について。あれの始まりは、村長の借金が原因だ」

 村長借金してたのかよ。

 衝撃の事実。

 エルバからそんな感じは一切感じなかったのに。

「表に出せない借金なんだよ。大人の世界では所謂裏の取引というやつでね。決闘の時、村長がいなかっただろう?あれは借金徴収人殺し屋が待機していたからさ」

 変なニュアンス入ったな。

 借金徴収人が何だって?

「エルバはその借金についてねじ曲がった事実を吹き込まれた。ところが彼は賢かった。借金は村長の自業自得によるものであると自ら調べ上げて、何ならその全てを公表すると村長を脅したんだ」

 エルバ賢すぎだろ、天眼の子って事を差し引いても。

「村長の借金によって関係ない住人達が危険な目に遭う。エルバはそう予想して、借金返済、というよりは、借金元に命を握られている状況を何とかしようと考えた。その結果、村長とパイプがあった私に依頼をしたんだ。『返済を肩代わりしてほしい。代価は必ず用意する』とね」

 何してんのアイツ。てかそこまで考えられる奴が何であんな低レベルな嫌がらせしてんだよ。

「私が彼に提示したのは、『君と同レベルに張り合える力を持った奴隷を連れてこい』という事だ。エルバは自分を奴隷にする事も考えた。だが、村長の息子が奴隷落ちすれば、結局裏の事が明るみに出る。それを避けるのは絶対条件。だから次は、条件に足りる人間を探し始めた。馬鹿なドラ息子として振る舞い、取り巻きを従えて、ね」

 あれ演技だったんかい。

 てことは何かい。俺がやり返した事によってアイツのロックオンは俺に向いたのか?

「気付いたかな? エルバは君に目を付けたんだ。自分以上の能力を持っている君をね」

 エルバ以上の能力? 冗談言うな。

 結果俺はアイツに負けたんだ。魔法に関して言えば完封。不意打ちでやっとこさ勝機が見えたってのにそれを上回られた。

「最後の魔法は自爆みたいなものさ。それを使わせたって事は、君がエルバに致命的な一撃を与えたも同然。エルバの予測を上回ったんだよ」

 ニルコータ伯爵の言葉はにわかには信じがたいものだった。

 エルバは意識を失っていた。最後の一撃に耐える事ができていれば、勝っていたのは俺だった。

「悔しそうだね。でもそれで良い。それを積み重ねて行ける人は、強くなれる」

「……はい」

「さて、少し重くなってしまったけど。ヘイディから私の気が変わったという話は聞いてるかな?」

 頷く。

「最初は本当に奴隷として買うつもりだった。それは事実だ。だが、君の能力は間違いなくエルバに匹敵すると確信できた。ので」

 一仕事お願いしたい、そう言って立ち上がり、部屋を出た。

 慌ててついて行く。

 進めば進む程、廊下の空気は重くなり、埃っぽくなっていく。

「ここから先は、私も掃除が行き届かなくてね」

「はぁ……。伯爵自ら掃除を?」

「これだけ広い屋敷なのに、違和感を感じなかったかい?」

 確かに……この屋敷に入ってから、使用人らしき人が一切見られなかった。

「今回の件は、そこに繋がる部分もある。いずれ分かるだろうから、今回は早速本題と行こう」

 伯爵はそう言って立ち止まる。

 目の前にあるのは、伯爵の私室と同じ扉。

 だが周囲は薄暗く、埃が付いてしまっている。

「ここに私の子供がいるんだが……。とある事情で引き籠もりになってしまってね。相手をしてやってほしいんだ」


 拝啓、父さん母さん。

 奴隷としての初仕事は、素晴らしく難題でした。

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