第3話 弱者を救うのは天使か悪魔か
気づけば戦争は終わっていた。皆が予見していた結果とは真逆の形で終息したのだ。こちらの被害はゼロ。敵軍は全滅。戦いの土俵に立つことすらさせてもらえないまま小国トロンは救われたのだった。
結果を見ればまさに最上。誰も傷つかず、迫りくる脅威は泡沫のように溶けて消えた。だが虚しい。これ以上ない形で日常が守られたというのに。
「あぁ、そうか。死の覚悟が空振りになったからか。」
誰にも聞こえない声で独りごちる小国トロンが三代目国王カイゼル・デ・トロン。振り上げた拳を引くというのはこんなにも苦しいことなのかと考えさせられた。同時にここまで追い込まれないと学ぶことができない自分が惨めになった。
だがそんな一人反省を非常時に許される立場に彼はいない。国王として民を導くために近くの側近たちとともに、数㎞先にいる暴虐の英雄のもとへと歩を進めるのだった。
「終わりか。」
ウェストカイザー帝国の兵五千全てを屠った後とは思えないほどの淡白な一言が彼らへの空虚な弔いの言葉となる。しかし
「ただまぁ、気に食わん奴が死んでいったのは嬉しいかもな。」
そう言って懐から一枚の白いチケットを取り出す。これは絶望の淵にいる者のもとへと飛んでいき、辿り着いたかと思えばリウドに絶望の内容を映像として見せてくる。チケットから離れていればいるほどより具体性を持った映像を見せられる。
「お前は間違いなく性格悪いよ。」
チケットに向かってそう投げかける
「お前は何者だ?」
恩人にかける言葉としては中の下といったところだろうか。まぁどうでもいい。別に感謝されるためでも、恐れられるためでも、認められるためでもない。だから終息後すぐにこの場を去りたかったのだが、リウドはあることを伝えるために残ったのだ。
「俺はただ白いチケットの導きに従ってきただけだ。」
その一言でどよめくトロン国サイド。それは開戦前に言及していた存在。縋りたかった希望。だがいざ現実となるとこうも実感が湧かないものか。それが彼らが意図せず抱いた共通認識である。だがここで部下の一人があることに気づく。
「我々のもとに白いチケットが届いたという話は聞いてません。」
そう、御伽噺のとおりならチケットあるところに手を差し伸べられるはずなのに、肝心のチケットがどこにもなかった。つまり自分たちの認識ではただ救われただけで、そこに御伽噺の存在は関係ないということになっている。
「チケットがいたのはお前らの城の中にいた女のところだ。たしかニーナとか名乗っていた。」
そこで息をのむ音がする。いくら手薄とはいえいつの間にか城内に侵入され、さらには一国の姫に単独で会ったことを察したからだ。自分たちが城を出たころにはその気配はなかった。つまり自分たちが城を出てから戦争開始までの短時間で城内侵入と参戦を為し遂げたということである。
どうやって?
という疑問はここでは愚問でしかない。自分たちの遥か上の実力を持つ者ならどうとでもできるだろう。それが普通の考え。一番楽に思いつく答え。諦めともいう。しかし自国と娘一人を同列に考える者にとっては違う。
「貴様!!ニーナをどうした!?」
国王である。死を覚悟してまでも戦いへ赴いたのは娘を守るためという側面も強かった。だからこそ何よりもその疑念が優先された。
この問いに本来ならばその存在が無事かどうかを答えるものだろう。しかしそんなレールの上を通るような答えをくれるほど
「知らん。興味もない。」
淡々としていて底冷えするような一言。別世界の話をされているような気味の悪さすら感じられる。突発的な国王の怒りはその一言で鳴りを潜める。
「とにかくわざわざお前らを待ってまで伝えたいのはただ一つ。『
言いたいことはすんだとばかりにその場で
まさに嵐が過ぎ去った後のようにその場にいた全員が呆然としていたが、自国に戻るのが先決だと思い直し動き出すのだった。
「ふぅー、やっぱり慣れない。」
誰も、何もない白い大地に青い空間が広がる世界で一人寝転がりながらくつろぐ。つい先ほどまで冷たい態度で人と接していた男とは思えないほど穏やかな雰囲気を纏っていた。ちなみにそれまで背負っていた断絶剣・
「自分の殺戮衝動に振り回されて疲れるなんて、ほんと馬鹿らしいな。でもこれがお前の望みなんだろ?」
自分の左腕を枕代わりにしながら、懐から取り出した白いチケットに向けて話しかける。純白の見た目でありながら七夕の短冊のような素朴さも感じられるこれは、ある一人の少女の願いに、人間が生まれる以前にアングルフォールという名のこの世界で生きていたとされるとある幻獣の羽が共鳴して生まれたものだ。名を「真穹符・
「自分のように理不尽に晒されている人を救ってほしい。」
過去に見た少女の儚げな笑顔がリウドの脳裏をよぎる。彼女が最期に命を賭してまで願ったありきたりで難解な願い。今は彼女が残した白いチケットの意思に従うことが近道だと信じてリウドは動く。そこに本人の意志はない。その結果助けた相手にも対峙した相手にも興味を持たないまま、ただ理不尽を振り撒いて守るのが彼の生き方となっている。
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