理不尽の訪れ

第2話 理不尽は予見できないからこその理不尽

 ウェストカイザー帝国の兵たちは浮足立っていた。


「今から攻め込む国ってなんだっけ?」


「ドロンとかいう国じゃなかったか?」


「ポロンだろ。」


「バロンじゃね?」


 これから潰しにかかる国の名前すら知らない。彼らにとってそのことはどうでもいい話だからだ。そんな頭の悪い会話を聞いて顔を顰めるのは彼らを率いる二人の人物。


「これまで散々焦らされたせいか、こいつら本当に蹂躙することしか頭にないな。」


「……はぁ、めんどい。」


 身の丈ほどの大剣を背負っていながら防具は篭手以外につけておらず、どこかならず者の傭兵のような雰囲気を持つ青年、リック。その横で本を読む気だるげな青年、フロスト。徒歩行軍のなかでこの二人は馬に乗って移動していた。


「さっさと潰してすぐ帰ろうぜ。」


「その意見には賛成。」


 おつかいにいくかのようなテンション。事実おつかいには違いないが、相手からすればたまったものではない。小国とはいえ国を亡ぼすおつかいだ。規模がおかしい。


 緩み切った行軍は何のトラブルもなく無事小国トロンへと着く。


 相手も一応軍は構えている。あとは形だけの戦争開始の向上を述べれば終わりだ。本来ならば。吹けば飛ぶような小国相手なわざわざやることはない。ただ一言。


「好きに暴れろ!!」


 ニックのその一言が開戦の合図となった。


 兵たちは散り散りに襲い掛かる。戦略も何もあったものではない。ただの。だが勝てる。それだけの戦力差のはずだった。


 ズドオオオォォォォォォン


 隕石が墜落してきたかのような音とともにちょうど両軍の間で直径

 数㎞に及ぶクレーターが形成された。その影響で土煙が数十mほど巻き上がり、視界が一気に悪くなる。


「なんだ!!!」


 突然の異常事態に思わずニックが叫ぶ。その横でフロストも顔を歪める。


 その声に答えるように何かが振り下ろされる音がしたかと思えば、土煙は何事もなかったのように晴れ、一つの人影が現れる。


 それはボロボロの真っ黒なとばりを身に着け、右手には刃渡り1.5m、つか0.5mほどの長方形型の刃を持った巨大な剣が握られていた。


 その男(?)は小国トロンサイドの人たちを軽く見た後、ウェストカイザー帝国の兵たちを見据える。その一睨みでニックとフロスト以外のすべての兵たちの動きが硬直する。


「さあ、理不尽おまえらのために理不尽おれが来てやったぜ。」


 意味が分からない。何もかも。

 追いついていない。現状に対する理解が。


 分からないとは停止すること。

 追いつかないとは後手に回るということ。


 つまりこの時点で主導権は突如飛来した一人の男に移ったことを示す。


 横薙ぎ一閃


 その一振りでニックとフロストの前にいた兵士全員の体が上下に分かれる。


 幸い開戦直後のため、まだ全体五千のうち三百程だけが犠牲となったが、それが一振りで起こした事象だと考えればまさに理不尽な光景だろう。


「なんだ…これは。ありえない。」


 普段顔色一つ変えないフロストが激しい動揺を見せる。それに対してニックは獰猛な顔で張本人を睨む。


「何やら面白いことになってきたな。」


 その言葉に兵士を悼む色はない。


 その様子から恐らくニックやつが中心人物だろうと目星をつけた張本人は、数㎞ある距離を一歩で縮める。


「とんでもねえやつだな。お前、何者だ?」


 闘争心と好奇心を露骨に出しながら質問を投げかけるニック。僅かに恐れが表出化していたのは本人もわかっているのかどうか。


「俺はリウド。戦勝保証人。という名の理不尽だ。まあなんだ、俺のことは自然災害だと思って諦めてくれ。」


 このリウドと名乗る男から返ってきたのは傲慢としかとれないよう言葉。何やら聞きなじみのない言葉もあったがそんなことよりも、この男はその振る舞いが許されるほど強いと理解させられる。ただ立っているだけでこいつは常識の埒外だと無理にでも理解させられる強者のオーラを放っている。だからこそニックは野生の獣が獲物を見つけたかのように笑った。


「はっはぁ!!久々にひりつくぜ。」


 そう言って背負っていた大剣を構える。その顔、姿勢に一切の油断はない。そこから引いた位置にはフロストが持ってきていた魔法杖を構える。ニックが抑えたそばから氷の矢で串刺しにするために準備しているのだ。


 そんな二人の様子を見て、リウドはため息をつく。


「何を勘違いしているのか知らねぇけど、俺は戦いに来たんじゃない。ただ蹂躙しに来ただけだ。理不尽を理不尽で潰すために。」


 迫る分厚い刃。ニックによって振り下ろされる一撃。おそらくは避けるか防ぐかするだろう。それがフロスト含めた周りの兵士たちの見解だった。だがそれは容易に覆される。


 斜めに斬り上げた一閃


 ニックの視界が傾く。痛みはない。というよりも痛みが絶命した。ニックの最期は溢れ出す闘争心とその裏で抱いていた自覚できない恐怖心の間に囚われたまま意識を手放した。自覚のない死はある意味幸せかもしれない。しかしそれは当事者からみた話。傍から見ては必ずしもそうとは限らない。


 フロストたちの目の前では下半身だけが文字通り一人歩きする光景。かつてニックだったものが千鳥足でリウドの横を通り過ぎ、しまいにはその場で倒れる。それだけ死の自覚に時間がかかったことを意味していた。


「は、はは、なんだよ、それ。なんなんだよぉぉぉ!?!?!!」


 まさに理不尽。理解も納得もできないことが一瞬で引き起こされた結果、フロストは半狂乱となり構えていた魔法を全力でぶっ放す。その様はやろうとしたことを全くさせてもらえなかったことで、駄々をこねる幼子のようであった。


 あらゆる方向から迫る氷の大棘を振り上げた大剣を振り下ろすことで全て砕く。さっき大量の兵士を一度に殺した一薙ぎもそうだが、標的に刃が当たっていないのにも関わらず全て斬り伏せられていることが理解できない。百歩譲って剣圧で迎撃しているのならばふざけた話だがまだ理解の範疇である。だがそれなりに近い距離にいてもそれは感じられない。


「まさか!?」


 戦いに集中しなければならない状況に陥ったからこそ見える一つの可能性。


 神落具カミオトシと呼ばれる道具の存在


 神落具カミオトシとは神が片手間に作ったとされるこの世に奇跡をもたらす道具。それ一つで国の存在すら左右されるまさに傾国の宝具。本来一個人が持っていていい代物ですらない。だが目の前で起きた一連の惨状がそのことを否定しているようにフロストには感じた。


「はっ!ふざけるな。」


 リウドから放たれる明確な怒りと殺意。わけがわからないがどうやら逆鱗に触れたらしい。その意思に従わされるかのようにフロストの手からカランッと杖が落ちる。


「こいつは『断絶剣・骸砥むくろとぎ』。人々の執念と怨念の結晶だ。神が片手間に作ったあんな玩具ガラクタと一緒にするんじゃねぇ。」


 リウドの一言には常識を覆すような内容が詰まっていた。


 神落具でないにも関わらずこれだけのことを起こせる道具の存在。

 国の存在すら揺るがす神落具が神の片手間で作られたという事実。

 そして神落具を玩具ガラクタと言い切る目の前の男。


 これらが嘘だと断じるのは簡単だ。だが嘘にしてはあまりに荒唐無稽が過ぎる。そもそも今挙げたどれか一つでも事実ならばその時点で文字通り世界が傾く。そのとき小間使いとして小国を滅ぼすことを頼まれる程度の自分たちは塵芥として認識されるかもわからないほどの弱者になり果てるだろう。


 この時初めてフロストは絶望した。だが遅かった。だが仕方ない。


 理不尽は予見できないからこその理不尽


 なればこそ絶望の時間すら与えられないこともまた理不尽といえる。


 気づけばリウドの大剣、骸砥むくろとぎはフロストの眼前で振り上げられ、地に対して垂直に振り下ろされる。すると王に道を譲るかの如く左右に分かれる。これがこの戦争と呼ぶにはあまりに幼稚な争いの趨勢を決した瞬間となったのだった。

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