戦勝保証人は理不尽です。

荒場荒荒(あらばこうこう)

第1話 力なき国と一枚の紙切れ

 一先ずの安寧を見る世界、アングルフォール。ウェストカイザー帝国、ノースフォルス教国、イーストレード興国という三大国が真っ向からぶつかりあい、世界全体に波及するほどの争いが起きていた。その影響で十年前までは国の規模を問わず戦争が各地で繰り広げられていた。死者の遺体から噴き出す血が蒸気となって世界を赤く染める。使えるものなら剣でも魔法でも爆弾でも、武器になるのならどんな手でも躊躇せず使う。そのせいで殺戮効率は異常だった。欲しいものがあるなら奪えばいい、そんなふざけた常識がまかり通っていた世界。


 しかしそんな常識も長くは続かない。何かを奪うのにもコストはかかる。それがたとえどんなに大国であっても。三大国は国力が拮抗していたためにほとんど同時期に息切れを起こした。ここで一度充電期間が必要だと判断した三大国は停戦協定を結ぶ。期間は十年。大国がそれまで蓄積していたダメージを万全の状態に戻すにはこれだけ必要であるという専門家の判断のもとに決められた期間である。


 そして現在、それまで一先ずの平和を築いていた停戦協定が終了期限を向えた。これは三大国にとっては吉報であり、それ以外の中小国にとっては凶報であった。




「もう……この国はお終いだ。」


 数人の部下たちや娘の目の前で、一通の書状をくしゃくしゃにしながら半ば泣き崩れるように膝から崩れる男。その様子には似合わないほど筋肉質で大柄。傍から見れば平民上がりの一兵卒にしか見えないような無頼漢。三大国のちょうど中間に位置する小国トロンの三代目国王カイゼル・デ・トロンは今自国が置かれている現状に絶望していた。理由は明確。このアングルフォールという世界において最も強大とされる三大国が一つ、ウェストカイザー帝国が宣戦布告をしてきたためだ。


 ウェストカイザー帝国は三大国の中で最も武勇に優れているとされ、戦争と略奪により膨れ上がった国だ。国としての方針はただ一つ、「争いこそが我が養分」である。停戦協定が期限切れを向えた今、その本能とも呼ぶべき方針に正直になるのは当然であると言えた。


 ウェストカイザー帝国に対抗しうる他二大国の援護が望めない現在、小国トロンに宣戦布告を非難する大義名分を持たない状態なのである。感情論ではいくらでも言える。「なぜ国民を危険に晒すようなことをするのか。」「こちらからは何もしていないじゃないか。」と。でもそれは何の意味を為さない。ウェストカイザー帝国はただ一方的にトロンを攻め落とし、「ここは我が国の領地です。」と言い張ればそれだけで筋が通ってしまう。それが許されてしまう、正確にはそれを咎められないほどに強大な存在がウェストカイザー帝国である。


「なぜわざわざ攻め入ってくるのですか!?『宣戦布告』ではなく『降伏勧告』ならば無駄な血が流れることもないというのに!!」


 理不尽に対する怒りを露わにするように叫び訴えるのは国王の一人娘であるニーナだ。母に似た金髪ストレート、成長期真っただ中の健康的で快活そうな雰囲気だが、その表情は固い。国王が唯一愛した妻がその命を懸けて産み落とした忘れ形見であり、自国と同列に扱ってしまうこともあるほど溺愛する彼女の考えに内心同意しながらもこう答える。


「表の大義名分は我が国が力を注いできた穀物資源の確保。だが奴らはそんなこと二の次なのだ。奴らの目的はただ一つ、虐殺だ。」


 ウェストカイザー帝国は奪うことには長けていても、その奪ったものを維持することは苦手としている。奪ったものは消費するもの、なくなったならばまた奪えばいい。まさに野蛮人の考えである。従うことすら許してもらえない、狂人たちの集合体こそウェストカイザー帝国の本質だ。


 一方小国トロンは三大国が一時休戦に入ったのを知ったその時からそれまでの傷を癒すために最大限の努力をした。土壌の整地から作物の選別、栽培など。川しか水源を持たない小国に許されるだけの食糧確保を行った。交易も細々と行い、国内で潤いを循環させる。修験僧のような営みを国単位で行ったのだ。この点において主導していた国王は非常に優秀といえるだろう。しかし優秀ではあっても万能ではなかった。内政に力を注ぐあまり、軍政にはほとんどノータッチだったのだ。普段の暮らしを守る最低限の防衛力以外、持ち合わせる武力は準備できていなかったのだ。


「奴らが協定終了後すぐに侵略してくることは十分考えられた。ただ想像以上に。これは俺のミスだ。すまない。本当にすまない。」


 崩れ切った姿勢のまま眼前の部下たちに謝る国王。本来ならばありえないことだが、この真摯な姿勢こそ部下たちから厚い信頼を寄せられる重要なファクトとなっている。


「どうか謝らないでください。国王様が国のために粉骨砕身されていたのは、宰相であるこのブロンドが身に沁みて感じております。」


 日頃の気苦労のせいか、若干オールバックのハゲ具合が進んだ茶髪の細身の男、ブロンドが国王を励ましつつ、国王が立ち上がる補助をする。他の部下たちからも口々に国王に対する擁護や励ましの声が挙がる。


 そのことに自然と嬉しさが込み上げるが、絶望的な状況には変わりない。気合や想いの強さでどうこうできる相手ではないのだ。結局問題は振出しに戻る。


 ここで宰相がある一つの御伽噺おとぎばなしを口にする。


「国王様、『白い紙切れ』の話はご存じですか?」


 その一言に軽く眉間にしわを寄せながら答える。


「知っている。世の理不尽に晒された者のところに舞い降りる紙切れだろう?それを受け取ったものはその理不尽から逃れられるとか。だがそれは絶望の中にも希望があるというのを面白おかしく語っているだけだろう?せめてもっと現実的な話をしろ。」


 そう国王から責められるも、宰相ブロンドの表情は変わらない。


「それはあくまで表面的な話です。この話は事実を捻じ曲げられて語られています。そのチケットは理不尽を回避するのではなく、チケットの持ち主を弱者と捉え、迫りくる強者から守る存在がやってくるというものです。」


「だが、それがどうした?仮にそれが事実でもそのチケットがなければ意味がないだろう!……だがそんな希望にすら縋りたくなるお前の思いもわかる。そのことを責めはしないが今は俺たちにできることが何かを考えるぞ。」


 >>>ドカァァァァァン<<<


 国王の一言で本題に戻ったところで爆発音が今国王たちのいる城まで鳴り響く。その音で察した。


「もう攻めてきたのか!!ついさっき宣戦布告してきたばかりだろう!!!」


 目の前にある理不尽に声を荒げ、怒りを表に出す。がすぐに冷静になる。そのあまりの変わりように部下たちは戸惑う。がその後の一言で察した。


「どうやら我々には別れを惜しむ時間すらないようだ。」


 国王が冷静になった要因はただ一つ、諦め。自分が生きることを諦めたからこその冷静な感情。最早国を守ること、民を守ることすら頭にはない。与えられなかったことで自分を国王として立たせていた覚悟は飴細工のように脆く砕け散った。


 気づけば無意識で頼りない兵たちを集め、亡霊のように死んだ目で自国の兵と敵兵を見据え、自分の相棒とも呼ぶべき槍を握り、今まででは考えられないような頼りない背中で国の最前へと来ていた。


「我らには最早愚かな抵抗しかできない。我らには自殺か他殺かの二択しかない。でも戦う。我らは抗ったのだと、死んだ先で胸をはるために。」


 兵たちを煽る演説としてはネガティブだが、これでも励ましと捉えられる状況が今だ。自国の兵僅か百ほど。一方ウェストカイザー帝国が送り込んできた兵団五千。その戦力差五十倍。撤退すら許されない状況。指揮も最悪。賭け事が成立しないほどのふざけた賭け。


 そんな一連の様子を見ていた国王の一人娘ニーナはその場で気絶する。彼女の本能が導いた防衛反応である。ショック死しかけたためにその場で気絶という逃避をした。そんな彼女の横には、彼女に寄り添うように一枚の白いチケットが舞い降りてきていた。

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